#1「約束の夜」

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 「白いパーカーを着た少女を見なかったかい?」  「・・・いや、全く見てない。」  見るからに怪しい連中だ。むやみにあの少女のことを教えないほうがいいかもしれない。私はそう思い、とっさに嘘を言った。  「・・・。」  「こいつ、嘘ついてるぞ。」  河童は、私を嗅ぐと、少年っぽい声で言った。  私の動揺した様子がバレただろうか。だとしても、私は微動だにしてなかった。  「嘘? 鼻で嗅ぐだけで分かるのか?」  「あんなの、妖怪らしい演出だよ。言う前に間があった。」  河童がそう言うと、残りの二人は、溜息をついた。河童は、何かを隠すように、焦った様子で言った。  「おいらたちは、妖怪じゃないけどな。うん、うん。」  こう言えば、いいんだよな。彼は、二人を見ながら、何度も相づちを打っていた。  「妖怪じゃない? なら、これは、お面か。」  私は、河童のクチバシを引っ張りながら、聞いた。  「いててて! そ、そうさ。これはーー。」  半泣きで笑う河童を見て、熊がクチバシを引っ張る私の手を掴んだ。手を放し、熊は、低い声で言った。  「あんた、これが本当にお面だと、思うのか?」  三人は、何か良からぬことをしそうな笑顔を浮かべ、近づいてきた。三人は紫色の煙を巻き上げ、姿を消した。  「・・・。」  首を傾げ、再び家のほうへ振り返った時、やつらがいた。  目にしたのは、三体の妖怪だった。  全身に包帯を巻いたミイラ、堅そうな筋肉質な肉体を持つ赤鬼、鬼のような顔をした巨大な南瓜(かぼちゃ)、彼らが徐々に迫ってくる。  私は驚いた。驚いたというのは、決して怖いという意味ではない。  「これは、凄い。ミイラに鬼、そしてジャック・オー・ランタン!近くで見れるとは思わなかった。」  小学生の頃から、妖怪や幽霊などの摩訶不思議な現象に関心があった。そのため、現実で見るのは、この上なく嬉しいことだった。  興奮のあまり、鬼の頑丈な腕を触り、南瓜を転がしたりもした。  意外な反応に、彼らは、困っていた。漫画なら、頭から一滴の汗が出ているところだろう。  気づけば、ミイラの包帯を全て取っていた。  「キャッ!この中、裸なのよ!」  包帯を取った姿は、さっきの鶴だった。浴衣を着ていて分からなかったが、意外に、全身も鶴の体だった。体を覆う羽毛が風でなびいてる。フワフワとして、気持ちよさそうだ。彼女は、恥ずかしがって背を向けた。  「なんだ、化けていたのか。」  「いや、分かるだろ。」  南瓜が少年っぽい声でツッコミを入れた。  「貴様、俺たちをおちょくってるのか。」  赤鬼は冷静だ。だが、幽かに怒りを覚える。  「いや、妖怪が好きなだけだ。」  「なら、妖怪好きには、醍醐味も教えねえとな。恐ろしさってやつをよーー!」  妖怪たちが襲ってきた。  まず、赤鬼が口から火を吐いてきた。私は、とっさにしゃがみ、避けた。  「びっくりした。危ないだろ!」  私は、立ち上がり、𠮟りつけた。それなのに、赤鬼は、笑いながら、後ずさりをした。  次は大きなカボチャが突進してきた。触感は、まさに南瓜だった。包丁で切るのも精一杯なあの硬さそのもの。ぶつかった衝撃で、私は車道に投げ出されてしまった。  すると、向こうから車が全速力で走ってきた。  尻もちをついてから、動くのがやっとだった。もう、間に合わない。三人に助けを呼んだとしてもだ。ちなみに、三人は、私を見ながら、何やら口論をしていた。多分、私を車道へ突き落としたことを、「やりすぎだ」と言い合っているのだろう。それより、助けるのが第一だと思うが。  大きな走行音とエンジン音が音の大きさを増す。  やがて、二つの光が姿を現した。大型のトラックだ。  倒れていることに気づく間もなく、勢いよく走ってくる。  「私の最期は、妖怪に殺される、か。」  目をつぶり、死を悟った時、何かに手を掴まれ、引っ張られた。  ふんわりした衣の感触、強く引っ張られる感覚もなく、自然と動かされていく。  目を開けると、橋から離れ、自宅に近い住宅街にいた。  「お兄さん、大丈夫?」  少女の声だ。小学生ぐらいだろうか。高くて、明るい声をしている。聞くからに、少女の声だ。  見上げると、猫のお面を被っているのが見えた。お面の両端からは、下ろしたショートヘアも少し出ている。  「あ、あぁ・・・。」  お兄さんと呼ばれ、私は少し照れ気味に返事した。  「全く、あいつら、やり過ぎだよね。」  「ハハッ、そうだな。危うく、死ぬとこだったよ。あれ、さっきのやつらは?」  「逃げてきたんだから、いないに決まってるじゃん。」  当たり前のように言われるが、さらに頭が混乱した。ほんの数秒前に何があったのか。  「うん?申し訳ない。君と逃げた覚えがないが。」
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