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「それもそうよ。だって、お兄さんを引っ張って来たんだから。あっ、その時、目閉じてたね。」
「はあ・・・。」
私は、納得したようにうなずいた。が、本当は、納得していなかった。
「たしかに私は、目を閉じていた。死を悟ったからね。でも、ほんの一瞬にして、これほど小さな体で、私をこんな離れた場所まで引っ張れるのかい?」
彼女は、怒った顔で、言った。
「失礼ね。こう見えて、高校生なんですけど?」
「すまない。」
「分かれば、いいけど。」
怪力だ。いや、人間並みじゃない。体重五十キロ以上の人間を一瞬にして引っ張る、しかも引っ張られる感触もしない。しだいに彼女の正体が読めてきた。
もしかして、幽霊? いや、怪力な幽霊など、見たことがない。それに、触れることができないはず。
私は、さりげなく、彼女の背中を触ってみた。すると、自分の手が彼女の体を貫通し、彼女の体は、透明に変わった。
「何してるの?」
不審に思ったのか、彼女は、目を細めて、そう言った。私は、意を決して、彼女に聞いた。
「君は、幽霊なのか?」
「そうだけど。」
考えた通りだった。これほど非現実的なことに納得している自分がバカみたいに思えてくる。それでも、私は、やっぱりかと、彼女の言葉を鵜呑みにした。
「お兄さん、そんなに怖がらないね。普通は、みんな怖がるのに。」
「それより恐ろしいものを見たからね。」
「それでも、怖がるどころか、物好きそうに鑑賞してたよね。」
「君、ずっと見てたのか?」
「ふふーん、深夜に生きてる人間を見るのは、久々だからさ。」
「高みの見物か。でも、助かったよ。君がいなければ、私は、死んでいた。」
「どういたしまして。」
少女は、ニッコリと、可愛らしい笑顔でそう言った。
彼女は、私の自宅まで送ってくれた。歩きながら、私は、彼女と話した。
「そういえば、君、名前は、何て言うんだ?」
「名前を聞くときは、名乗ってからが礼儀だと思うけど?」
子供だと見くびっていた。礼儀を知っているとは。
「これは失礼。私は、大空清多郎(おおそらせいたろう)だ。」
「おおそらせいたろう? うーん、おおそらさんじゃ、何か他人くさいなー。」
「他人だけどな。せいたろうさんなら、どうだ?」
「えー? なんか、夫婦っぽくて、嫌だなー。『せいたろう』って名前、よく、夫婦もののドラマで、出てくるし。旦那さんの役柄とかで。」
面倒な子供だ。この苛立ちを抑えるため、私は、溜息をつき、聞いた。
「だったら、何て呼ぶんだ?」
「青人(あおひと)! 青い服、着てるから。」
私は、紺色のネイビーシャツを着ていた。紺色だけど、青なのは、間違ってはないか。
「単純なネーミングだな。」
「自分でも思った。私は、『ネコ』って呼ばれてる。」
「人懐っこいからか。」
「そう?」
「私みたいな人間に、こんなに話してくる人は、なかなかいないからね。」
「そうなんだ。誉め言葉として、受け取っとくよ。」
ネコは、明るい笑顔で、そう答えた。
話が尽きると、私たちは、沈黙の中、歩き続けた。この時、ブロック塀が視界に入った。それを見て、私に、ある疑問が浮かんだ。
「ネコって、壁をすり抜けることはできるのか?」
「できるよ。そもそも、何も触れられないからね。どれもスルーよ。」
「じゃあ、さっき引っ張ったのは?」
「それはー・・・わかんない。火事場の馬鹿力ってやつ?」
「そうか。」
聞くところ、彼女は、幽霊になって、間もないようだ。私は、滅多にないこの体験に、幽霊である彼女に、質問を重ねた。
「まぁ、いいさ。それより、いつからここへ?」
彼女は、明るい表情を変えずに、話した。けれども、声が大人しく、少し寂しさを感じる。
「ちょうど一年前かな。ホントは、もっと遠くの町で、交通事故に遭って死んだんだけど、なぜかここにいたの。」
「ここに、何か心当たりはないのか?」
「全く。両親の実家でもないし。」
「申し訳ない。辛いことを思い出させてしまったな。」
「そんなことない。過去をやり直せないから、笑って、思い返すだけだし。」
彼女は、大人だ。辛い過去ほど、笑って喜劇として捉える。時間が戻らないからこそ、落ち込んでも、仕方ないのか。それでも、私は、彼女に質問をし過ぎた。幽霊とはいえ、彼女も人だ。まだ、心がある。何を聞いていい訳ではないのだ。
今、彼女が言ったことを聞いて、そのようなことを考えた。反省し、私は、口を慎んだ。すると、気を遣ったのか、ネコは、明るそうな声で、こう言った。
「でも、嬉しい! 私に興味持ってくれてるんだ。」
「ただ、気になってね。妖怪や幽霊だの、そういう摩訶不思議な現象を。」
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