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「おーい。どうしたの? もしかして、私のこと、忘れてる?」
「いや、忘れてない。忘れてないよ。ネコ。」
「よかった。家にいなかったから、探したんだよ?」
ネコは、そう言いながら、お面を取り、顔を見せた。
黒いショートヘア、白い肌、大人しい目つき、和風美人のような顔をしていた。
少女ながら、間近で彼女の表情を見て、私は、黙ったままだった。
「今度は何?」
「お面、とっていいのかと思って。」
私は、親切にベンチの左端にずれた。
「あーこれ、ただのファッションみたいなものよ。」
彼女は、右側に座り、私の耳元で、「口裂け女かと思った?」と囁いた。
「思わないよ。でも、そんな顔とは思わなかった。」
「そんな顔?それって、どういう意味?」
少し怒り気味で迫ってきた。視界一面に彼女の顔が映る。
私は、目を合わせず、恥ずかしながらそれに応えた。
「それはその・・・び、美人だなって。」
「美人? 嬉しい! 初めて、言われた。」
彼女は、ニッコリと、いつもの明るい笑顔に戻った。
「ところで、ここ、ニ、三日の間、何をしていたんだ。」
「散歩ってとこかな。この町、意外と、妖怪がいるんだ。」
「妖怪か。それは、興味深い。どんなのがいるんだ?」
「えっとね。なんか、みんな、商売やってて。このお面なんて、天狗さんの店で買ったし。狐の呉服屋とかあるのよ。」
「へえー、なんか、うさんくさいな。」
「嘘じゃないよ。今度、見せてあげる。」
「それは、楽しみだな。」
「あのー。」
二人の会話に、太くて低い声が割り込んできた。眩しい黄色い光も差し込んでくる。手で目を覆いながら、前を向くと、警官がいた。
「あー、すいません。」
彼は、手に持っている懐中電灯のスイッチを切った。
「家、分かりますか?」
「はい。あっ、酔ってる訳ではないので。大丈夫です。」
「あ、そう。でも、念のため—―。」
その後、私は、不審者扱いをされ、職務質問をされた。
話をするうちに、警官は、辛い気持ちに同情するような表情を浮かべた。独り身で、外で独り言を言っている私に、哀れみを感じたのだろう。独り言ではないのだけど。幽霊と話しているだなんて、見れない人間に、証明できないし。質問をされているところを見て、ネコは、クスクスと笑っていた。
「お兄さん、寂しい時は、いつでもおいで! 話し相手になるから。」
交番を出ると、彼は、そう言った。交番を離れた後、ネコは、口を開き、爆笑した。
「アハハハッ!」
「笑うなよ。」
「ごめん、職質って、ホントにあるんだなと思ったから。それより、あっちにある商店街、行ってみたい。」
「え、あそこまで、行くのか?」
「いいじゃん。良い運動になるよ。おいで。」
そう言って、ネコは、私を置いて、走り始めた。私は、仕方なく、彼女を追いかけた。
噴水広場を通り過ぎ、私の自宅と、反対のほうへ行くと、商店街のある道へ続く。商店街までは、歩きだと遠い。
私は、「歩幅を合わせ」と、大声で訴えかけ、彼女を引き戻した。きっと、周りのカップルや老夫婦は、私を見たに違いない。もう、不審がられても、どうでもいい。
歩きながら、私は、彼女にありがちな質問をした。
「当たり前なことだが、幽霊って、飲食はできないのかい?」
「そりゃあ、できないよ。精々、匂いを嗅ぐぐらい。」
「そうか。」
歩道には、数々の飾り傘が置かれている。傘に革がなく、骨にいくつかの桜の花が飾られている。それらを見ながら、彼女は、言った。
「そういえば、今週の土曜、祭りだね。」
「そうだな。行ってみたいのか?」
「うん。私は、行ったことないから。」
「そうなのか?」
「本当は、幼い頃に行ったことあるけど、覚えてなくて。」
「なら、いいじゃないか。きっと、両親にとっては、思い出になっていると思うよ。」
「でも、こんな早く、死ぬのが分かってたら、一度は行きたかったなって、後悔してる。綿あめ食べたり、浴衣も着たりしたかったし。」
ネコは、笑顔ながら、私から視線を下げた。見るからに、哀愁漂う様子だ。私は、何も返す言葉がなく、黙ってしまった。
「幽霊にそんなことできないか。ごめん、暗い話して。」
ネコは、明るい表情に戻り、なかったことのようにふるまった。だが、我慢してその顔をつくっているのは、見え見えだった。
彼女が謝った途端、私は言った。
「行かないか?」
「えっ?」
その言葉に、ネコは耳を疑った。
それは、さっき、自分が言っていたことを聞いてなかったのかと、訊くほどだ。
私は、小さな左手を握ろうとした。
「!!」
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