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#2「祭り前夜」
商店街へ行くと、もちろん、閑散としていた。
「昼間じゃないと、店はやってないし、ここには、何もないぞ。」
「知ってる。まあまあ、ついておいでよ。」
ネコは、陽気にスキップしながら、先頭を行く。彼女は、進むのが速く、走らないと、追いつけなかった。私は、途中で彼女の肩を押さえ、足を止めた。彼女は、振り返った。
「歩幅を合わせろ。だいたい、どこへ行こうとしてるんだ。」
「もうすぐ、着くよ。」
そう言うと、ネコは、またスキップして行ってしまった。速さは変わらず。
仕方なく、私は、走り始めたが、そうした瞬間、彼女が立ち止まった。突然のことで、私は、足に急ブレーキをかけた。彼女は、方向を変え、引き戸に招き猫の絵が描かれた店と住宅地の間を進んだ。彼女について行くが、その先は、暗くて、何も見えない。ところが、奥へ進むにつれ、光が見えてきた。その正体は、進むごとに、浮き彫りになってきた。
神社だった。
ネコは、石の鳥居をくぐる。すると、鳥居の入口から、紫色のブラックホールのような穴が現れ、吸い寄せられてしまった。私は、息を呑んだ。彼女は、どこか恐ろしい場所へ行ったのか。いや、それなら、自分から行かない。悲鳴も聞こえるはずだ。
疑心暗鬼になり、そのまま、立ち尽くしていると、穴から、ネコが顔を出した。
「どうしたの? 早くおいでよ。」
「来るわけないだろ。こんな、怪しすぎる穴なんかに。」
「大丈夫だよ、幽霊になったりしないから。さっ、おいで。」
私は、不安になりながらも、ネコの手を掴み、穴の中へ入った。そこは、紫の霧に包まれ、前が分からなかった。そのため、ネコと手を繋ぎながら、進んでいく。
彼女は、迷うことなく、歩く。まっすぐに歩く中、徐々に、霧が薄くなっていく。そして、霧がほとんど消えると、謎に包まれた世界が姿を現した。
私は、驚いた。さっきの商店街だ。夜なのに、活気づいている。半額セールだの、威勢の良い店員の声や、わらわらと、通行人の賑やかな話し声も聞こえてくる。いつもと違う明るい賑わいが、私の耳を心地よくさせる。
「ふふん。ここが私たちの世界。」
「私たちの世界? ここにいる全員、幽霊ということか?」
「そう。空は、夕方と夜しか切り替わらない。」
「変わった世界だな。」
辺りを見ると、高齢者が多かった。中には、何も持っていないのに、手のひらをじっと見ながら、時々、もう片方の手の指でその手をなぞりながら、歩いている人もいた。
あの人混みの中、最も気になったのは、首に延長コードを巻きつけたまま歩く人だ。高校生だろうか。若々しい容姿で、フラットな服装だ。
恐らく、真似する人がいないだろう、周りの中で浮いた存在だ。こういう人がいれば、目を合わせることすら、しないほうがいい。30年以上、生きてきて、自然と身についた社会の常識だ。しかし、暗い表情で歩く彼が気になり、気づけば、私は、彼を観察していた。
紐を解こうとするが、取れない。その紐が目に映ると、彼は、泣き崩れた。この時、一人がそばに近寄った。服装からして、女子高生だ。彼女は、彼の背中を優しくさすり、何かを話していた。きっと、苦悩を聞いてあげているのだろう。
死後では、手遅れな気がしてくる。それでも、助けてくれる人間に出会えた。その事実を見ただけで、私は、一滴の涙を流した。
感涙する中、通りすがりの人が挨拶をした時だ。
「こんばんは。今日は、良い天気ですな。」
「そ、そうですね・・・。」
彼を見て、背筋が凍った。なんと、その老人は、全身が骨になっていたのだ。まさに、人体模型そのものだ。いや、それよりも、リアルさがある。腰を少し曲げ、杖をつきながら歩く。そんな態勢をした人体模型は、見たことないのだから。
「まぁ、天気なんて、関係ないのだけどね。たまに、悪いのが来る時、曇るけど。アハハ。」
「あはは・・・。」
間近で見ると、恐ろしい。私は、愛想笑いをすることしかできなかった。現実でいう、不良に絡まれた弱気な学生のように。
私の横で、ネコは、普通に老人に話しかけた。
「こんばんは。骸骨紳士。」
「こんばんは、ネコちゃん。相変わらず、可愛い服装だね。」
「ふふっ、ありがとう。骸骨も、その帽子と杖、似合ってるよ。」
「おぉ、そうかい! わたしゃ、嬉しいよ。」
ネコと骸骨の老人は、親しげに話していた。会話を聞く限り、気さくな人だ。問題は、容姿だ。話している間、老人は、ちらっと私を見た。目だけでなく、頭も動かしたまま。あの真っ黒な目が私の視界に映ると、私は、電柱のそばで、ゆっくりと気絶した。
「おーい。」
目が覚めたのは、私の目の前で、ネコが手を上下にかざし、声をかけた時だ。
「大丈夫?」
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