#2「祭り前夜」

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 「あ、あぁ、大丈夫。ちょっと、驚いてね。初めて、全身が骨の人を見たから。もう、いないよな?」  「うん。『ビビりな人だね』って、言ってたよ。」  「恥ずかしい。」  顔を手で覆う私を見て、ネコは、クスクスと微笑した。  立ち上がった後、私とネコは、狐の呉服屋を目指して歩く。この前、彼女が話していた店のことだ。本物を見せてあげたいと、どうしても、私を連れて行きたいとのことだ。  「しかし、本人の前では、言えないが、悲しいものだね。皆、亡くなる寸前の姿で、幽霊になるのだから。」  「何言ってるの?」  「違うのか?」  ネコは、「何を言ってるの?」と言うように、驚いた表情で言った。  「全然、違うよ!」  「でも、さっきいた骨の老人、あれは、生前に燃やされて、そういう姿じゃないのか?」  「大空さん? 日本では、お墓に入れるために、亡くなった人はどうされますか?」  「火葬・・・されるな。」  「だったら、ここにいる人、皆、骸骨になってますよね。現実にはなってないけど。」  ネコは、誇らしげな顔でそう言った。なんだか、不謹慎な気がする。が、彼女の気持ちは、なんとなく分かる気もする。  終わった不幸は、時間が過ぎるに連れて、笑い話に変わる時がある。私の後輩は、宴会の場で、「少年時代に、祖母の畑で、野糞をしてしまった話」を自虐ネタとして、話していた。  こんなくだらない話とは、比べ物にならない。が、私のように、この世を生きる者にとっては、「火葬」や「死去」などの言葉は、例え、芸人がネタに取り入れれば、笑えないほど、重い言葉だ。けれども、それを経験した者たちにとっては、それらの言葉に、深刻さを感じないのだろう。人によるだろうが。  一応、周りを見てみると、全員が骸骨ではない。  「たしかに。現実は、思ったより、残酷ではないのだな。」  「青人は、暗いなー。そもそも、死んでからも、辛い思いをするなんて、よっぽど、悪いことしてきた人じゃなきゃ、そんなことはないよ。」  「地獄のことか。もし、死んだら、私は、そこへ直行するだろうな。」  私は、「ある人」を不幸にさせてしまったことを思い返した。病室の中、永遠の眠りに就いた彼女を見て、私は、立ち尽くすことしかできなかった。その後悔から、私は、紐付きの職員証を外し、右手で握りしめた。今でも、その場面は、鮮明に覚えている。  でも、なぜだか、彼女の顔だけが思い出せない。思い出そうとしても、脳裏に映るのは、決まって、影に覆われ、顔が隠されてしまう彼女だ。  過去から現在に目を向けると、ネコは、頬を膨らせていた。この様子、完全に怒っている。  「すまない。つい、後ろ向きなことを言ってしまった。」  「ん。」  彼女は、その顔で、右手を私に向けて伸ばした。手を繋いでほしいのだろうか。とりあえず、私は、左手を伸ばし、彼女の右手に近づける。すると、彼女は、私の手を繋いだ。手を繋ぐと、彼女は、ニッコリと楽し気な表情に変わった。  一緒に歩きながら、彼女は言った。  「青人はさ、前向いて歩きなよ。いつまでも、後悔を引きずってないで。」  「そうだね。」  私に、そんな資格はない。でも、彼女に、暗い自分ばかりを見せるわけにはいかない。私は、彼女を安心させるため、笑顔を取り繕った。  呉服屋には、わずか五分ほどで着いた。「きつね屋呉服店」という店だ。店付近にあるのぼり旗に、そう書かれていた。  本来、この建物には、手ぬぐい販売店とイタリア料理店が経営されている。全く異なる店ではあるが、建物は同じだ。あの京都にありそうな和を感じる外観、あれは印象深い。  私たちは、暖簾をくぐり、呉服屋に入った。  店内も、和を感じる雰囲気だ。玄関から手前は、土足厳禁で、その先は、畳の床だ。店には、たくさんの反物が売っている。小さな建物ながら、品揃えが豊富だ。奥の方には、赤く美しい打掛と白い着流しが、広げた状態で置かれている。  ネコは、並べられている反物を自分の上半身に当てたりして、選んでいた。  「幽霊も、服は、替えられるんだな。」  「そうだよ。ねえ、これ、どう?」  「うーん、少し地味かな。もう少し華やかさがほしい。」  「青人、辛口すぎ。褒めてよ。」  「すまん。真剣に見すぎた。」  「えー? 真剣かなー。青人の趣味で言ってない? 最終的に、半袖の露出度高いのにされそう。」  ネコは、目を細めながら、私を見る。完全に、スケベを見る冷たい目だ。  「な、何言ってるんだ! あくまで、君に似合っているかという基準で、見ているだけさ。」  誤解を晴らそうと、私は、自然と早口になっていた。なんだか、頬が熱い。そんな私を見て、ネコは、微笑んだ。  「フフッ、冗談だよ。青人に限って、それはないし。」  「いらっしゃいませ。」
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