#2「祭り前夜」

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 店主が話しかけてきた。どんな人なのか、見てみると、店主は、茶色の羽織を着た狐だった。狐は、私に話しかけてきた。  「お客様、失礼ですが、生きておられる方でしょうか?」  「そうですが。」  彼は、言いづらそうに、深刻な表情で、聞いた。いつの時代も、目立つ者がいると、集団に排除されることがある。特に、死後の世界には、一度行くと、二度と戻ってこられないという説がある。具体的には、そのまま、幽霊になってしまったとか、悪霊に捕まり、安心のできない空間に幽閉されたといった噂も。映画や文学作品では、よくある話だ。  やはり、この世界は、私のような生きている人間には、毒なのか。なんだか、不吉な予感しかしない。しかし、その予感は、外れた。  「そうでしたか! いや、これは、めでたい!」  「は、はあ・・・。」  なんと、狐は、顔色を変えたのだ。彼は、冷静な様子とは裏腹に、突然、陽気に話し始めた。店主の豹変ぶりに、私は、自然と後ずさりをしていた。彼が、何かの準備をしに離れた時、私は、急いで、浴衣を選んでいるネコに小声で聞いた。  「なあ、ネコ。あの店主、なぜ、「私が生きてる人間」と言ったら、歓迎ムードになっているんだ?」  「ここは、皆、幽霊だから、生きてる人が来るのは、珍しいんだよ。だから、どこに行っても、歓迎されるよ。」  「ごめん、もっと分かりやすく話してくれないか?」  「じゃあ、私は、行ったことないんだけど。外国行くと、結構、そこにいる人たちに、優しくされない?」  「そうだね。」  「それと同じ! 珍しい人ほど、ここは、優しくされるの。」  ネコは、決め台詞を言うような笑顔で、こう言った。が、考えても、全く、ピンと来ない。  「いや、分からない。そもそも、海外旅行の場合、私たちが店やホテルでお金を使うことで、現地民は、利益を得ていてーーー。」  「お客様、このお着物は、どうでしょうか。あなた様に似合っておりますよ。」  話している途中で、急に狐の店主に、背後から話しかけられた。足音もしなかったため、驚いた。彼は、奥の方に置かれていた白い着流しを持ってきて、私の上半身に当てた。  「い、良いですね。シンプルで。」  「えぇ。なんせ、かの有名なマケカワブランドが手掛けたものですので。」  「あのイタリアのファッションブランドですか!?」  「おや、ご存じでしたか。当店は、生前、私が手に入れてきた着物を売っております。」  「つまり、遺品ということですか・・・。」  浴衣を選んでいる中、ネコは、聞き捨てならない発言を聞いた。彼女は、選ぶのを止め、私を呼んだ。  「ちょっと青人! 言い方、ストレートすぎる。」  「あ、これは、失礼しました。」  彼女は、私の語弊のある発言を指摘した。うっかりしていた私は、その場で、狐に謝った。彼は、微笑みながら、私を許した。  「いいんですよ。でもね、亡くなった後も、生前の品を持てるので、死後の世界も、快適ですよ。かと言って、今から、死のうとしたら、別ですがね。よほど、誰かに悪いことをしてこなければ、このような幸せを手に入れられますよ。」  彼の言葉から、また自分が犯した罪を思い出す。でも、ここは、後ろ向きな考えをグッとこらえ、私は、一言で済ませた。  「そうですか。」  「ねえ、青人、これはどう?」  ネコのいるほうを向くと、彼女は、自分で選んだ反物を私に見せた。  その反物は、白い生地に、数々の黒い椿の花がデザインされている。これは、大人らしさがありすぎて、まだ子供の彼女には、似合わない。  私は、却下をしようとした。ところが、ふと、ある疑問が浮かんだ。それを確かめるため、彼女に「もっと、違う服も見てみたい」と言った。  彼女は、笑顔でうなずき、反物を選びなおしに行った。その間、私は、狐の店主に、小言を言った。  「一つ、お聞きしますが、あなた方、幽霊や妖怪は、年を取るのですか?」  「取ります。ですが、お客様のように、年をとる訳ではありません。」  「それは、どういう意味でしょうか。」  「生きていると、顔にしわができたり、動きが鈍くなったりしますよね。その現象と照らし合わせると、幽霊が年を取ることは、顔にしわやシミができるくらいのことです。皆さん、死後は、決まって、生きていた頃の姿のまま、霊となります。その反面で、この世にいる時間が長ければ長いほど、容姿が変わり、妖怪へと変わってしまうのです。」  店主の話を聞いて、さっきの骨の老人が脳裏に浮かぶ。反物を選ぶネコを見て、私は、思った。その思いを口に出し、店主に話す。  「つまり、子供の幽霊は、子供のまま、妖怪に変わっていくと?」
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