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#1「約束の夜」
病院の廊下、辺りに白い靄が漂っている。
しばらく歩くと、視界が歪み、映像が切り替わるように映るものが変わった。
入院部屋だ。隣には、後輩がいる。彼は深刻そうな顔で言った。
「先生、もうやめましょう。」
二人の目の前には、一人の患者がベットに眠っていた。暗くて見えない患者の姿を近づいて見ようとするが・・・。
「わー!」
急な悲鳴に、私はとっさに起き上がった。
前を見ると、脚の低いテーブル越しにつけっぱなしのテレビがあった。
ちょうど、ホラー映画が流れていた。江戸の町に暮らす遊び人が森にさまよい、黒い衣を着た老人に鎌で襲われるシーンだ。悲鳴は、その時の遊び人の声だった。
襲われる様子が影と音声のみで表された後、斬られた遊び人の死体が写し出される。
その場面になった時、私はため息をつき、テレビを見ないようにそっぽを向きながら、すぐにチャンネルを替えた。
テーブルは、医学書やパソコンで散らかっていた。ため息をつきながらゆっくりまとめていると、深夜帯のニュースが始まった。
「もう、こんな時間か。」
ちょうど、キャスターがテレビ局の屋外フロアで、天気予報をしていた。見るからに、風が吹いていて、寒そうだ。
「先生、聞いてますか?」
テーブルの上に、眼鏡ケースで立てられていたスマホから声がした。
そうだった。こんなに、疲労困憊なのは、彼のせいだった。
「すまない。寝ていた。」
「こちらこそ、すいません。辞めたばかりなのに、協力してもらって。」
「これが最後だからな。」
電話を終えると、私は、本やパソコンを片づけた。その後、立ち上がり、座布団をテーブルの下にしまい、寝室に向かった。
リビングを出て、寝室に入ると、ベットの上に見覚えのない白猫が休んでいた。目をこすりながら、私は、独り言を呟いた。
「どこから入ってきたんだ。」
辺りを見回すが、窓や玄関は全て閉まっている。
野良猫らしくない綺麗な猫だ。真っ白で、毛並みも良さそうだ。が、よその猫を飼うわけにはいかない。
一応、押し入れから軍手を出し、装着し、白猫を抱きかかえようとした。
両手が体に触れた瞬間、白猫はピョンッとジャンプした。白猫は、ベッドから着地する寸前で、姿を消した。まるで、野球選手が投げる「消える魔球」のように。
私は、再び辺りを見回す。今度は、家中も。
「どこへ行ったんだ。」
白猫は、家中を二週して見つかった。玄関にいた。
「瞬間移動か?凄いな、お前さんは。」
恐らく疲れていて、猫さえ見失ったんだろう。この時は、そう思った。
笑って白猫を褒めると、片手をドアノブへ伸ばした。ドアノブのハンドルを握り、前へ押し、ドアを開けた。
ドアを開けると、すぐさま白猫は外に出た。
別れを言い、ドアを閉める寸前、白猫は何度も鳴いた。
「ニャーオ!ニャーオ!」
真夜中に、こんな大きな鳴き声が響けば、近所迷惑は、間違いない。引っ越しして早々、肩身の狭い思いはしたくない。私は、白猫にそばに寄った。
「どうした?」
何度もジャンプして鳴いている。
「ついてきてほしいのか。」
「ニャン。」
白猫がうなずいた。幻覚か。だいぶ、疲れているのだろう。それでも、私は、なぜか、猫と会話を続けていた。
「芸達者な猫だな。」
「ニャー。」
アーチのように細めた目が、ニッコリと笑っているように見えた。猫が笑う? バカバカしい話だ。
そう思っている自分もいたが、どこかへ行く白猫を、私は、自然と引き込まれるように、後を追っていた。
暗闇の空を月や星が明るく照らす真夜中、ただ一匹の後を追って、街灯だけが照らす寂しげな住宅街を歩いた。車は、全く走っていない。
辺りを見れば、緑の山々があり、少し歩けば川がある。
しばらく歩いた先には、古き良き店が並び、商店街のような街並みが広がる。私の故郷は、そんな在り来たりで平凡な町だ。
やがて、白猫は、歩きながら姿を消した。
「あれ?」
辺りを探しても、白猫はいない。
「何だったんだ。それにしても、だいぶ歩いたな。」
気がつけば、家から遠い橋の上にいる。疲れているどころか、精神的に来ているのかと感じる。
向こうにある、片側の歩道に、白いパーカーを着た少女が走っていた。
「こんな夜に、子どもを野放しか。親は何してるんだか。」
呆れた表情になり、その少女を大声で呼ぼうとした瞬間、後ろから色っぽい声が聞こえた。
「ちょっと、そこの殿方。」
振り返ると、それぞれ鶴・熊・河童といった顔の人たちがいた。
三人の服装は黒い。鶴は細柄の浴衣、熊は大柄でスーツ、河童は小柄でパーカーを着ていた。見るからに、少年だ。
色っぽい声で話すのは、鶴だ。鶴は私に訊いた。
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