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由布子さんがホームに入って、数日後の朝早くに電話が鳴る。
まだ暗闇の中で覚醒したての私には、それが何の電話なのか、出る前にわかっていた。
悲しい予感に包まれながら、電話の相手の話を聞く。
やはり、ホームからの連絡だった。ついさっき眠ったままで由布子さんが旅立っただそうだ。
カーテンを開けると差し込む優しい光。
夕べから朝にかけて、シトシトと降っていた涙雨が上がっていた。
まだキラキラと光る雨水をあちこちに湛えた世界の中で。
鮮やかに浮かび上がる――。
「あっ、」
慌てて玄関を飛び出して見上げた空。
雨上がりの空に、朝日に照らされ虹が浮かんでいた。
それは、由布子さんが最後に描いていた絵本にそっくりな、とても大きな虹。
「由布子さんのこと、迎えに来てくれたんだね」
由布子さんは、かつて結婚の約束を交わしていたあの兵隊さんと虹の下でお別れをしたと日記には書かれていた。
必ずいつか平和な世の中になった時に、迎えに来るから、と約束を交わして。
絵本の最後に描かれていたラストシーンはその続きみたいだった。
年を取り、天に召される女性を虹の橋を渡って王子様が迎えに来る。
いつの間にか、少女の姿に戻った彼女は、王子様と手を取り合って虹の橋を渡るのだ。
それはそれは幸せそうな笑顔で。
あのね、由布子さん、私にも最近、気になる人ができたのよ。
ホームに入る前に話すつもりだったけど、またいつかゆっくり聞いてもらおうって思ってたんだ。
私が見つけた人が、本物の王子様かどうかはまだわからない。
ただ、いつか、再会を喜んでいる二人のように、かけがえのない存在になれたらいいな。
ねえ、由布子さん――。
虹の上で私を振り返りヒラヒラと手を振る由布子さんの笑顔が見えた気がした。
私は慌てて涙を拭い、微笑んで手を振り返す。
――今日、虹の彼方で――
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