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「一つだけ、お願いがあるのよ、サナちゃん」
「なに? 一つだけなんて言わないで、幾つだって言って、由布子さん」
「う~ん、でもねえ、この家は好きに使ってくれてもいいし、私の荷物が邪魔なら捨てちゃってもいいし」
「捨てるわけない」
「ありがとう、サナちゃん。だけど、私の願いは、本当にたった一つなの。もしも、いつか私を訪ねて来る人がいたならば、」
ああ、あの写真の兵隊さんのことだ。
ぎゅうっと胸が苦しくなった。
「私のホームの住所を教えてあげてね」
はにかむように微笑んだ由布子さんは、まるで少女のようで。
私は何度も何度も頷いて、小指を差し出した。
由布子さんの王子様がいつか現れるのを願って、交わした約束。
「あのね、由布子さん」
「なあに?」
「ううん、また今度お話聞いてくれる?」
「ええ、いつでも」
ホームに入るまでの残り二日間で、由布子さんは最後の絵本を書き上げた。
主人公の少女が、小さい頃に出逢った虹の王子様とのたくさんの冒険の日々。
だが、いつのまにか王子様は彼女の側から消えてしまった。
いつかまた出会えますようにと祈る日々。
本当は少女が大人になり、成長したから見えなくなっただけで、王子様はいつも彼女の側にいた。
そして――。
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