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「あまり根詰めないでね、由布子さん。夕飯、どうしよう? 温めたらここに運んできた方がいい?」
「まあ、もうそんなに暗い時間なの? いやねえ、年を取ると時間の感覚すらなくなっちゃうみたいね。いいわ、今日はもう仕事は終わり。一緒にテーブルで食べましょう」
さあ、と立ち上がる由布子さんが一瞬ふらついて、慌ててそれを支える。
「いやだわ、足まで思い通りに動かないなんて。これじゃあ、日曜日にお庭でピクニックする約束守れなくなっちゃう」
「日曜日は雨みたい。だからその次の日曜にしましょうよ、由布子さん。それまでには足もきっと治るでしょ?」
そんな約束をしたのは私が小学生の頃、もう30年も昔のことだ。
由布子さんは昔のことばかり鮮明に思い出せるみたい。
足元のおぼつかなくなってきた由布子さんを支えて、キッチンにある二人掛けのテーブルにつかせた。
シチューを温めながら、私がサラダを作る姿を嬉しそうに眺める由布子さんは。
「サナちゃんの王子様は幸せね、こんな料理上手のお姫様なんだもの」
「そう? じゃあもっともっと腕を磨かなくちゃ。今日のシチューはお母さんのなのよ。私はパンとサラダだけ。もうすぐ出来るから待っててね」
「まあ、お姫様の作るサラダですって! なんて、素敵なの! 王子様よりも先におよばれなんて申し訳ないけど、楽しみね」
由布子さんは忘れているのか、それとも本当にからかっているだけなのか、クスクスと微笑んでいるから私も笑い返す。
残念ながら、王子様にはまだ巡り合えてないのよ。
正確に言えば巡り合ったと思った王子様は、若くて可愛いお姫様を選んだんだもの。
バツイチ子なしのアラフォーには、もうそんな人は現れないと思うわ。
由布子さんに気づかれぬように、小さく自嘲し、ため息を漏らした。
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