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ビワの種
『果肉をしっかりと洗い流し、乾燥させてから決まった時期に植える』
そんな事、子どもが知った事ではございません。
子どもの世界では、種は植えたらすべからく芽が出るものなのです。
はじめてビワを食べた時、その美味しさに感動し、こっそり庭に種を植えました。
欲張りで大雑把で考え無しの私は、ひとつの穴にありったけの種を植えたのです。
早く芽が出ろ早く芽が出ろとはやる気持ちを抑えられず、植えた日に何度も何度も見に行きました。
しかしながらそこは子どもで、毎日水をあげるなんて考えはございません。
子どもの世界では、種は植えたら勝手に育つものなのです。
もちろん、季節も場所も考え無しです。
いつ頃植えたか今ではとんと思い出せませんが、きっとビワが売り出された時期だったのでしょう。
そしてよりにもよって植えたのは、道路沿いの垣根のすぐ横。
砂利混じりの、固く固く踏み固められた場所でした。
そこならば芽が出ても簡単に見つからないぞと、変な考えを起こしわざわざ隠すように植えたのです。
子どもですから、ビワがどう成長しどう成るかなど知りもしませんし、考えもしません。
ただ頭にあるのは『この種を植えたらビワが食べ放題』ただそれだけでございます。
来日も来日も待ち望み、ついに芽が出たのです。
今思えばどうして芽が出たのか。ビワは強いのだなと感心するばかりでございます。
垣根の脇、一ヶ所に群生する不自然な新芽。
母がそれに気づかないはずがありません。
朝学校に行く前、それとなく母に新芽の話をされました。
私は有頂天になり、ビワの種を植えた事、いかにビワが美味しかったかを熱弁し、上機嫌で学校に行きました。
夕方、帰ってすぐに新芽がない事に気づきました。
問い詰めたところ、母は「ビワの木には病人が集まるから」と、そっけなく答えました。
その有無を言わさぬ雰囲気に、子どもながらもうその話は口に致しませんでした。
それ以降、大人になるまでビワを食べたのでしょうか。あまり記憶に残っておりません。
ただ一度だけ、大人になってからその件を匂わすように「おばあちゃんも、桃が美味しかったからと食べた桃の種を適当に庭に放ったの」と母が言っていたのを覚えております。
桃こそ種の扱いが難しいと聞きます。
家の裏には、ろくに手入れもされず好き勝手大きくなった巨大過ぎる桃の木が、今も毎年実をつけております。
あのビワも堂々と庭に植えてしまえば良かったのかと、昔と変わらぬ食べ物へのいやしさに我ながら情けなく思います。
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