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四 忘れじの面影
「奥様。恵さんにお会いして参りました」
「どうでした?あの子は元気でしたか」
「まあまあ。洋子。先生、まずはお掛けくださいませ」
東京のホテルの一室。二人の女性に対し、山形は会釈してソファに座った。
「それがですね」
恵の父の姉、洋子。彼女はずっと恵を心配していた。母親の実家、京極屋で幸せに暮らしていると思っていた野々村の一族。しかし、恵の母親が男と駆け落ちをし恵が置き去りにした事を最近知り驚いていた。
特にこの洋子。裕福な男性と結婚したが子供がなく、幼い頃の恵を可愛がっていたため、誰よりも恵を気にしていた。今回、山形を雇い探していたのも洋子だった。
「気管支が弱いと言いまして、伏せっていましたが。京極屋のご夫婦が恵さんをそれは看病をし、可愛がっておりました」
「気管支。それは病院に行っているのかしら」
「……弁護士さん。恵の話をもっと聞かせてちょうだい」
恵の祖母。老齢であるため洋子と暮らしていた。そんな二人に老弁護士は写真を見せた。
「これです」
「たくさん写真がありますけど」
渡した写真は重なっていた。洋子が手に取る中、山形は説明しようと手を伸ばした。
「あ?すいません。ええと、今、お教えしますね」
日光での写真。何枚もあったが恵の祖母はその中からすぐに一枚を抜いた。
「ああ。これだよ。健三に眉毛がそっくりだ」
「本当。兄さんみたいね」
「あれ?それは」
二人が見ているのは京極屋の写真ではない。山形は二人の勘違いを指摘しようとした。
「奥様、それは」
「それにしても。どうして男の子の格好をしてるのかしら」
「お前には男に見えるかね?こんなに可愛いのに」
山形。額の汗を拭いた。
「恐れ入ります、奥様。あのですね。それは恵様ではありません。恵様はこっちです」
布団の上。座る体格の良い娘。洋子も祖母も首を傾げた。
「これが、恵?」
「ピンとこないね」
先入観のない二人の観察眼。喉が渇いてきていた山形はその間にお茶を飲んだ。
「奥様。私が恵さんと紹介されたのは。その布団の京極屋さんの奥の部屋の娘さんです。でも、お二人はその湖の少年が恵さんだとおっしゃるんですね」
「そうよ」
「少年とはどう言うことですか」
山形。汗が止まらずハンカチで拭いた。そして中禅寺湖のでの出来事を説明した。
「ではこの少年は、イタリア別荘の使用人なんですね。この舟にも乗るんですね」
「でもね……洋子。私はこっちが恵だと思うよ。どう見たって健三の娘ですもの」
見比べる二人の不思議な話。弁護士は頭を抱えていた。そこに洋子は問いかけた。
「山形さん。この少年の特徴とかないですか?言葉遣いとか、何か特徴が」
「特徴」
山形。思い出したことを話した。
「そうですね。その少年は、食事の後に、こう、手を合わせる仕草が」
「待って」
山形は恵がしていたご馳走様の挨拶を説明しようとした。それを先に洋子がやってみせた。
「もしかして。こう?」
「ああ。そうです!」
「それは……野々村の食後の挨拶です……おお……なんてことでしょう!」
老婆はみるみる涙を浮かべた。
「食べる前に念入りにお祈りをする家が多いようですが。我が野々村家では、食べ終わった後、静かにお祈りをするのです。そうですか、恵は一人になっても、その教えを守っているんですね……」
「お母さん……やはりこの子が恵よ……きっとそうよ」
健気な恵に涙する祖母。洋子は気丈に母の肩を抱いた。
「でも、山形さん。京極の人はそっちの娘さんが恵って言っていたんですよね」
「はい」
「これはおかしいわ。山形さん。まだよく調べてください。今のままではお金を渡せないわ」
ここで泣いていた老婆は顔を上げた。
「弁護士さん。その少年の名前は何と言うのですか」
「彼は、確か『けい』と呼ばれていました」
「それは恵の意味よ!ね、お母さん」
うなづく老婆。洋子の手を握った。
「おお……洋子よ。今度はお前も行っておくれ……私はこのままでは死んだお父さんに健三にも。とても顔向けできない。恵を、私達の恵を救ってちょうだい」
「もちろんよ。山形さん。今度は私も伺いますね」
年老いた母の嘆き。洋子は静かにうなづいていた。
◇◇◇
中禅寺湖。イタリア別荘。
「さあ。練習しましょう」
「本当にこれでうまくいくのか?」
大使館員達を招くパーティー。中田は手品をしようと準備を進めていた。
「はい。まずですね。先生はここ。湖を背に立ってもらいます。目の前にはこのテーブル」
長いテーブルには黒い布が下がっていた。これは下まであり、玲二の足が見えないようになっていた。
試行錯誤のマジック。三人はやっと休憩をした。
夕日の湖。望むコテージ。飲み物は温かい飲み物になっていた。
「ああ、あったまるな」
「先生。後少しですね」
感慨深い中田。椅子にもたれていた。クッキーを持ってきた恵。中田は肩を落とした。
「恵君。僕は寂しいよ。君に会えなくなるなんて」
「中田さんは、大学で研究があるんですよね」
「そうだけどさ」
口をとがらせた中田。話を続けた。
「楽しかったんだよ。この夏、僕は忘れないよ」
「僕もですよ」
「私もだ……」
三人はそっと黄昏の湖を見ていた。この別荘にいるのは後少し。
「ああ、時が止まればいいのに」
中田の声。玲二はそっと恵の手を握った。恵も握り返した。三人は同じ夕焼けを見ていた。気持ちは悲しいくらい一緒だった。
完
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