第2話 不穏な男

1/5
前へ
/5ページ
次へ
第2話 不穏な男 「どうして理解してくださらないのですか!」  ブレイブ鶴状支部の応接室、気品あふれる家具でまとめられたその部屋で、空気が震えるほどの怒号が響き渡った。  応接室では、テーブルをはさんで2人の男が向かい合っている。1人は先ほど怒鳴り声を上げた男で、名前を下北隆二という。隆二は40才代くらいの男で、グレーのスーツを身にまとい、オールバックでまとめられた黒髪の中には何本か白髪が混ざっている。  隆二は怒りで興奮しているのか、肩をいからせ向かいにいる男をぎろりと睨みつけていた。  一方、向かい側にいる男、島田康貴は困ったようにぎこちない笑みを浮かべていた。 「トラウマ、エフォート、これらは些細な差異はあれど、どちらも人類が進化し得た力です!であれば、規制なぞ設けずに皆が平等に使えるべきなのです!」   エフォート、これはごく最近できた言葉である。トラウマの暴走や、トラウマを用いた犯罪が増えた結果、「トラウマ持ち」はブレイブだけではなく、警察などでも認められるようになった。 これに伴いトラウマ持ちには、傷を乗り越えている、という条件が設けられた。忘れたわけではない、引きずっているわけでもない。傷を心にとどめたまま、それをバネにして生きているか。 カウンセリングや面談を通し、条件にあっているか見極められる。そして、資格ありとされた人間のトラウマは「エフォート」と呼ばれるようになった。 しかし、エフォートと呼ばれることで問題が起きた。今までトラウマ、というマイナスなイメージが強いという名前であるゆえにその力を欲しいと思う者は少なかった。しかし、エフォートという名前に変わったからか、その力を手に入れたいというものが増えたのだ。 隆二はその中でも行動力があり、「努力会」という団体を立ち上げた。その目的は、皆がトラウマ・エフォートを持てる社会を作ることである。活動としてはトラウマやエフォートは「人類の進化であり、誰もが平等に持つべきものである」という信念を掲げ、集会を開いたり、書籍を出版したりなどしている。 そして今日は鶴状支部の島田に、活動の支援を要求しに来た。 「そうおっしゃられても…。僕に出来ることなんてありませんよ?」  島田は、隆二を否定しないようやんわりと断る。が、その遠まわしな言い方があだになったのか、諦めずに食い下がってくる。 「何も難しいことをお願いしているわけではありません。ただ、我々「努力会」の理念に賛成すると一筆もらえればよいのです!なんせあなたは初のトラウマ持ち、いえエフォートの持ち主なのですから!あなたの一筆があれば、それを呼び水に世界は変わっていくでしょう」  隆二の言葉で、柔和な笑みを浮かべていた島田は、きっと表情を引き締める。 「そういうことであれば、なおさらご協力できません。どうかお引き取りを」   島田は隆二に深々と頭を下げる。流石の隆二もこれ以上は無駄だと悟ったのか席を立った。隆二が応接室から出ていく音がする。ドアのしまる音が聞こえると、島田はやっと顔を上げた。 「はあ、つっかれた」  島田は柔らかなソファに身をゆだねズルズルともたれかかった。今日はこれからだというのに、一日のエネルギーを使いきってしまった気がする。島田が束の間の休息をとっていると、ドアがノックされる。 「島田さーん、入りますよ」  気安い口調で正護が応接室に入ってくる。その後ろには正護の後輩である香山勇気も一緒だ。 「あ~、もう来ちゃったの、正護君。もう少し後でもよかったのに」  島田は両腕を高く上げ、背筋を伸ばす。 「島田さんが来てっていったんじゃないですか~。な、香山」 「そうですね」  2人の来訪をめんどくさがる島田に正護は苦笑いを浮かべる。一方勇気はいつも通りのクール具合だった。 「そうだけどさ~。さっきの人の対応、すごく疲れたんだよ。少し休ませてほしい」  島田は子供のように口をとがらせる。駄々をこね始めた島田に、正護はなだめるように声をかけ始めた。 「努力会、の会長でしたっけ。皆がエフォートなりトラウマなりを得られるようにしたいっていう団体の」 「うん、それ。個人的には反対だから、関わりたくないんだよね」 「こういう仕事じゃないと、必要ないですからね」  正護は島田の隣に座り、目線を合わせる。そして正護はうんうんとうなずきながら、島田の話を聞いており、その様子はまるで親子のようだ。年齢的には逆なのだが、そこに突っ込む人はいなかった。その方が早くことが進むと、勇気が判断したのもある。少しなら見逃すが、長時間に及ぶようならガツンと行こう、一ミリも動かない表情の下で勇気はバイオレンスな思考をしていた。  幸いにも、島田は正護に話を聞いてもらったおかげか早く回復し、バイオレンスが発動することはなかった。 「もうちょっと休みたいけどね、そろそろ警察の人も来ちゃうからね。2人に説明しないと」  気を入れ替えた島田は、真面目な顔つきで2人に向き合う。それと同時に2人も気を引き締めた。 「まず、2人を呼んだのは警察から協力要請が来たから。特に正護君の方はご指名だよ」 「あーー」  正護は思いあたることがあるようで、頭をがしがし掻いている。 「君の予想通り。先に彼に話がいったみたいだね。結構難航しているみたい。事件の概要は…」  不意に、こんこんとドアがノックされる。 「あちゃー、もう来ちゃったみたい」 「オレでますね」  来客に対応したのは勇気だった。勇気はドアに近寄り、ドアを開ける。 「お疲れさまです」  ドアを開けた先にいたのは、茶髪で小柄な男と、刀のような男。 「お疲れ様です。鶴状警察署から来ました!中川勝也です!よろしくお願いします!」  小柄な男は深々と頭を下げる、部屋に入る前に。勇気が固まっていると、刀のような男、空が勝也の頭を叩いた。 「やかましい!…部屋、入るぜ」 「はい。どうぞ」 勇気は2人を応接室に促す。勝也は緊張しているのか、右手と右足が同時に出ている。その様子に空は苦々しい表情を浮かべている。しかし、正護の姿をみると一変し、苛立った表情になった。していない舌打ちの音が聞こえそうなほど。    一方正護も、空を認識するとキッと睨みつけた。前にあったときから何日か経っているが、空に対するのどに突っかかるような怒りは、未だくすぶっていた。 「わあお、しょっぱなから不穏~」  間違ってはいない。間違ってはいないのだが、あえてそれをおちゃらけて言える島田は強者だった。しかし、笑顔が少しひきつっているようなので、彼は場を和ませようと精いっぱいだったのだろう。誰も笑う人はいなかったが。  張りつめた空気の中、自分のことでいっぱいいっぱいだった勝也が動いた。 「お疲れ様です。鶴状警察署の中川勝也です!今日はよろしくお願いします!」  勝也のやる気に満ち溢れた力強い声が、応接室に響いた。勝也の挨拶で、場の時間が流れ始める。 「僕は島田康貴、鶴状支部の部長です。本日はお越しいただきありがとうございます」 「オレは桐谷正護です。今回の捜査ではご協力お願いします!」 「香山です。よろしくお願いします」 ブレイブの三人がそれぞれ自己紹介を返す。 「こちらは先輩の大神空です」 「いや、お前がすんなよ」  空は勝手に紹介した勝也を咎めたが、視線は勇気に注がれている。上から下までじっくりと勇気を観察したあと、思い出したように口を開いた。 「もしかして、お前が噂の「最強イケメンブレイバー」か?」 「え、それ先輩のことじゃないんですか?」  空の問を、勇気は間髪入れずに正護にパスした。  実際のところ、空のいう「最強イケメンブレイバー」とは勇気のことであっている。エフォートがなくとも、トラウマの暴走を一撃で沈め、トラウマを悪用したものをバッタバッタと倒していく勇気の強さは、鶴状市で多数目撃されている。また顔がよく目立つため、人々の注目の的となっているのだ。  しかし、勇気自身にその自覚はない。自分の顔がいいと思っていないし、なんなら正護の方がいいと思っている。また、正護のことを尊敬しているのもあってか、「最強イケメンブレイバー」が正護であると疑っていなかった。えこひいきが過ぎていたのかもしれない。  かたや正護は、勇気のキラーパスに顔を覆いたくなった。正護は噂のブレイバーが勇気であることをちゃんと知っていた。だが、当の本人言われると反応に困ってしまう。勇気は冗談ではなく、ほんとうに正護のことをそう思っているのだろう。勇気の無自覚な称賛は嬉しく思うが、勇気ほどの人間に言われると妙なプレッシャーを感じてしまう。そして繰り返すが、勇気のことなのである。だって噂のブレイバーは、エフォートをもっていないことでも有名なのだから。 「そう言ってくれるのはすっげー嬉しいけど、香山のことだよ」  正護が蚊の鳴く様な声で勇気に返す。正護は勇気の顔を眺める。ふんわりまとまった髪に、涼し気な目元、鼻筋は凛と通っており、何より夜空のような瞳が美しかった。出会って五年たつが、その端正な顔立ちは衰えることはなく、むしろ更に凛々しさを増している。  しかし自覚のない勇気は、皆さん見る目がないですね、とさもないように返した。  勇気の気持ちは大変うれしいが、もう少し自分の見てくれを自覚してもらう必要があるな、と思わず正護は保護者の視点にたつ。 「まあオレとしては、お前が噂のブレイバーなのかどうかはどっちでもいいんだ。オレは前に、お前を見たことがある。そんときから思ってたんだ、こいつと遊んでみてえなって」  空は獲物を見つけた肉食獣のように、アンバー色の目を光らせ、舌舐めずりをした。  そのとき勇気は直感的に分かった。空は自分と同類であることを。闘いを楽しめるものであると。 勇気は思わず武者震いをする。闘ってみたいと、素直に思った。 「正直桐谷って名前が出たとき、心底嫌気がさしたが、お前がついてくるっつうならプラマイギリプラスってとこだな」  空は機嫌よさそうにふふん、と鼻をならした。一方勇気は首をかしげている。 「ずっと気になっているのですが、大神さんと先輩はお知り合いなんですか?」  特に勇気は、正護の反応が気になっていた。全人類と仲良くなれそうなほどの親しみやすさとおおらかさを兼ね備えた正護が、他者にたいしてピリピリするのは珍しいことだ。勇気が覚えている限り、そんな人物は式見栄治くらいである。 「まあ、ちょっとな」  正護はあからさまに誤魔化した。長い話にはならないと思うが、自分の心情を語れば、少し長くなるから。  勇気はじっと正護の目を見つめる。問いただすようなその視線に、正護はいたたまれなさを感じたが、勇気はふっと視線をそらした。 「まあ、いいです。それよりも事件解決の方が大事ですからね」  勇気は、一ミリも進んでいない本題に話を戻した。 「そりゃそうだな。で、どんくらい聞いてる?」 「実は来客が来ててね、なにも説明できていないんだ。ごめんね」  島田は両手を合わせ、頭を下げた。 「ちっ、面倒だな。…どうせもう1人にも説明しなきゃなんねえんだ。そこでまとめてする。それでいいな?」  空は顔をしかめ、露骨に嫌そうな顔をした。また口調こそ確認をとっているが、決定事項であるようで、早くも部屋を出ようと歩を進めた。  正護は、空のいうこと自体は反対ではない。だが、言い方は気に喰わなかった。薄々感づいてはいたが、空とは気が合いそうにない。 「ええ、問題ありません。早く行きましょう、式見栄治のところへ」  正護は胸の中のもやもやを隠し、空の背を追った。 「いってきます」  勇気は一度島田の方へ振り向いた。島田は2人をニコニコと見送る。 「気をつけてね。いってらっしゃい」  勇気が小さくうなずいたのを、島田は見逃さなかった。バタリと応接室の扉が閉じられる。 応接室に束の間の静寂が訪れた。 「彼、どこかでみたことあるんだよなあ」  島田のつぶやきは、ぽつりと静寂に落ちて消えた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加