forget-me-not

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 彼女には青。青を中心に色を揃えていく。ネイビー。スカイブルー。トルコ石の色。さて、どの青がお好みだい?  僕は相棒に囁く。声を聴きとる。  姿の見えない妖精。あるいは絵の神様。  好みに合えば、相棒は黄金の鱗粉を視界に振り撒いて教えてくれる。  昔、同じものを見た人がいたらしいってことだけは把握しているよ。  不思議な力なんかじゃなく、共感覚の一種だと言われることもあるね。  この輝きを整えて、綺麗にしていくのが僕のやり方。  賞賛された事もあるし、気味悪がられた事もある。どちらにせよ、僕を確実に孤独に追いやる能力だ。今はそれほど不幸ではないから安心して欲しい。  視界をチラつく金の輝きを意識しながら、彼女の細い輪郭をなぞって、キャンバスにアタリをつけた。大まかに色をのせ、ふんわりとした頬に、髪に、夢を乗せる。筆を運ぶ。街角に佇む少女。かつての幻。絵の中の彼女は、溌剌と輝いて青いドレスに身を包む。瞳は星を見るように。頬は薔薇のように。唇は艶やかに。恋しいひとに向ける笑顔を。右手に持つのは勿忘草。  描き上げて、キャンバスを彼女に見せる。涙がうっすらと浮かぶ。悲しみではない。心からの笑顔がそこにあった。  お代を貰って別れを告げる。 「もう、ここ(・・)に来てはいけませんよ?」  彼女は絵を抱きしめると、深く頷いた。 「こら、二度と来るなとは営業妨害も甚だしいぞ」  サンドイッチがどかっとテーブルに置かれる。後頭部を軽くはたかれ、慌てて訂正を。誤解なんだ。 「ただし、このカフェの珈琲とパンケーキは、とびきり美味しいです」 「ふふっ」  ボスがくあっと欠伸をする。随分待たせてしまったようだ。彼の気が変わらないうちに描かせてもらわなければ。僕はスケッチブックを取り出す。 「なぁ、どんな手品をつかったんだ?」  まだ若い赤毛の店長は、彼女を見て戸惑っていた。  悲しみの影は風に溶け消え。青は幸いの色へ。 「さぁ」  実際の所、彼女がその絵に何を見たのか、僕にはよくわからないのだけどね。
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