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サンドウィッチを頬張って僕は描いた絵を何枚か渡す。
街角の風景。ボスや彼らの見る世界。
「これ。光の描写がどことなくあったかくて好みだ。これがいい」
彼が対価に指定したのは、売るつもりのなかった絵だけれど。気分が良かったので特別に了承する。交渉成立。
残りのサンドウィッチはすべて僕のものだ。
鳥と豚の加工肉に特製のタレを染み込ませた代物とレタスの組み合わせは空いた腹にとても染みた。新メニューになる日を楽しみにしている。
赤毛の店長は、一枚の絵のために店の奥から白い額縁を持ってくる。
「これ、タイトルは?」
「forget-me-not」
絵の中で、青いエプロンドレスの少女が白い敷石を辿る。柔らかな笑みをたたえた老婦人の手を引くように。
反時計回りの螺旋を描いて外に向かう。光の射す方へ。
「さっきまで描いてた地面がこうなるのか。これどこだ? この街のどこかなんだよな?」
「さっきまではあったね」
「なんだそりゃ。ああ、そういや似顔絵頼まれてた女性さ。儚げで綺麗な人だったよな。笑うと可愛いらしくて、こっちまでつられて笑ってる。また来てくれるかなぁ」
惚けた瞳に映る姿は多分僕の知覚と違う。
成程。本来、そのくらいの年なのか。
「きっとね。でも君は同じ人だと気づかないかもだ」
「何故?」
「君は忙しない人だから」
「そりゃ普段は厨房に居るけどさ」
ぶすっとした赤毛の店長に取りなすように僕は告げた。
「君のパンケーキは最高だし、彼女もきっと人生で何度も足を運ぶことになるはずさ。だから、君が青い絵の具を買ってくれるなら、訪れた時に教えてあげるよ」
膝でくつろぐボスの背を撫ぜて、僕は祈る。
君がさっき依頼人のこと普通に見えていたようだったから、僕は結構驚いたんだ。
だからさ。
もし、このまま、忘れないでいたらさ。
君たちの何もかも全部、上手くいくといいね。
彼女に届けた夢はきっかけでしかないから。
僕は責任を持たないし、道程を実際に歩くのも、願いを叶えるのも本人達だ。
店内の目立つ位置に飾られた絵を眺めながら、僕は光の向こうに想いを馳せた。
きっと迎える腕があたたかいのだろう。
《END》
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