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④ダンス
「今日ここに集った新しい小さな蕾達、やがて大輪の花を咲かせるようにたくさんのものを吸収して大きくなってください。皆さんには神の祝福が………」
パーティーの始まりは、校長の長い挨拶から始まった。
入学式は滞りなく終了して、そのまま全学年参加の新入生歓迎のパーティーが始まった。
パーティーといってもドレスを着用するような堅苦しいものではなく、そのまま制服での参加だったのでレオンは安堵のため息をついた。
制服は紺色のシンプルなワンピースだ。
白い襟がポイントで、ボタンが首まで続いていて、首もとで細い白リボンで結ぶようになっている。
男子はシンプルに白シャツに紺のパンツに同じ生地のベストだ。みんな前を開けたり襟を立てたりすでに自由に着崩している。
校長の挨拶が終わると優雅な音楽が流れ始めた。それを合図として生徒達の談笑の輪がいくつもできた。
「アデル、こっちよ」
検査のときに一緒だったミレニアが手を振って呼んでくれたので、立ち尽くしていたレオンはホッとしてそちらの輪に向かった。
ミレニアが誘ってくれた輪には、特別生が集まっていた。女子の数は貴族と平民半々というところだろう。今年の特別生は10名にも満たなかった。
貴族の女性達の輪はさすがに華やかだ。パーティー慣れしている彼女達は早速踊り始めたり、男性の輪に混じって談笑している。
「こちら、アデルよ。私と同じ地区なの。みんな仲良くしてあげて」
「アデル・アーチホールドです。よろしく…」
ミレニアの紹介を受けて普通に挨拶してしまったが、よく考えたら周りは全員女子なのだ。
こんなに女性に囲まれたことなどないので、怪しまれないか、緊張が高まってきてしまった。
特別生のグループはレオンを入れて、8人の女性が集まっていた。
「まぁ…、雪の妖精みたいな方ね。家系に貴族の方はいないの?」
確かに町でもあまり見られないシルバーブロンドと藍色の瞳は目立つ。だが貴族の家系でもなんでもないはずだ。
女性達は同性だからか、かなり積極的に髪や肌に触れてきた。男同士でこんな近い距離になることなどないので、距離の取り方が分からない。とりあえずされるままに突っ立っているしかなかった。
「ねぇ…あなたとても目立つわ。気をつけて、先程からジョアン様がこちらを見ていらっしゃる気がするの」
「え?ジョアン?様?」
同じ特別生のイブリンという子にそう言われて会場を見渡したが誰の視線も感じなかった。
気のせいかと思ったが、女性特有の勘みたいなものがあるのだろうか、レオンにはそれもまた分からなかった。
「私も知っているわ……。ここの二年生の友人から聞いたの。ジョアン様には気を付けろって……」
「三年生のジョアン様は伯爵家のご子息ですけど、相当な遊び人と知られているわ。特別生食いって有名だって……。特に入学したての子を何人も弄んで、ぼろぼろにして捨てて退学に追いこんだとか……、噂ですけど………」
みんなの口から次々とジョアンなる者の話題が出てきた。どうやら相当な有名人らしく、皆、警戒してすでに顔も確認しているようだ。
ここまで警戒されていれば、さすがに手は出せないだろうとレオンは苦笑した。
確かに自分の立場からすれば一番警戒しないといけない人物だ。
名前を覚えて用心しておこうとレオンは気を引き締めた。
□□
引き締めたはずだったが、早速やっかいなことになってしまった。
「一曲だけだよ。俺がリードするから」
「いえ…ダンスは無理です…」
「ダンスがだめなら、俺の部屋に来ない?ゆっくり話したいんだけど」
「い…いいです。ごめんなさい」
「じゃ、せめてバルコニーで月でも見ようよ」
「……けっこうですので……」
皆の輪から離れたところを狙われて、急に話しかけられた。
金髪碧眼で女子が好みそうなタレ目のいかにも遊び人風の男だった。
自分から名乗ってきたが、ジョアン・クライスという名前を聞いて倒れそうになった。
早速嫌なやつに目をつけられてしまったらしい。
のらりくらりと断っているがいっこうに離れてくれない。むしろ同じ男として挫けないその押しの強さに賛辞を送りそうになるくらいだ。
客商売をしているが、客は地元の人間がほとんどなので、普段貴族相手に喋ることなどない。どこまで冷たくしてもいいのかが全く分からない。平民が無礼だと怒鳴られたらどうしようかとひたすら下を向いて耐えていた。
額から垂れた汗が顎にたまってポタリと落ちていくのが見えて、このまま走って逃げようかと思っていたとき背後から声がかかった。
「……アデル、待たせてしまってすみません。色々と片付けなくてはいけないことが多くて、遅くなりました」
どこかで聞いた声に顔をあげると、今朝馬車に乗せてくれた男、シドヴィスが微笑みながら立っていた。
「……シドヴィス様、この子は特別生ですよ。まさか……」
ジョアンが獲物を取られたからだろうか、苛立たしげに声を上げた。
「いけないですか?平民であっても貴族と同じように過ごせる。それが、学園の理想であったと思いますけど……」
シドヴィスは微笑みを崩さなかったが、その背後からはただならぬ圧迫感があった。
悔しそうな顔をしながら、ジョアンは踵を返してやっと離れていってくれた。
やれやれ早速ですかあの方は…、と言いながらシドヴィスはレオンの隣に並んだ。
隣に並ぶと明らかに背が高く、すらりと引き締まった体をしているのが分かる。馬に跨がって剣を振るう姿が想像できる。女性の身代わりをするくらい痩せっぽっちの自分と比べるとあまりにも違うのでレオンは複雑な気持ちになった。
「今朝に引き続き、ありがとうございます。助けられてばかりですね。お恥ずかしいです」
「そう固くならないでください。慣れない後輩を助けるのは先輩の役目ですよ」
シドヴィスは優しい目をして軽くウィンクした。そんな仕草も様になるのだからもう嫉妬の気持ちも出てこない。
「それより私と一曲踊ってくれませんか?」
「ええ!?でで…でも、わたし……」
ダンスが踊れないことはもちろん、先程からの攻防ですっかり汗をかいてしまったので、レオンはあまり人に近づきたくなかった。
「大丈夫です。気にしませんよ」
小声でそう言って微笑んだシドヴィスは、ハンカチをさっと出してレオンの額の汗を拭った。
さすがに助けてもらって断るわけにもいかず、レオンは戸惑いながらシドヴィスを見て、はいと言って頷いた。
優雅に微笑んだシドヴィスに連れられてダンスの輪に入ることになった。
幸いダンスは激しいものではなく、ゆっくりとした曲調に合わせて体を動かすくらいのものだったので、無知なレオンでもなんとか付いていけた。
シドヴィスは今朝は目にかかっていた長い前髪を後ろに撫で付けて、すっきりとした目元があらわになっていた。
男らしい色気に満ちた顔に、レオンは釘付けになってしまう。特にダンスのような密着するものは嫌でも顔が近くなるのでどうしても目がいってしまった。
「どうしました?私の顔になにかついていますか?」
不躾に視線を送っていたことに気づかれてしまったらしい。シドヴィスは慣れた様子で微笑みで返してきた。
「い…いえ、なにも…。あっ…なにもというわけでは…普通の目と鼻と口が……」
口にしてから何をバカなことを言っているのかとレオンは青くなった。
なんでもないと適当に返せばよかったのだ。
「……ふふっ、可愛らしい。天然なのですか?面白い方だ」
今度は真っ赤になってすみませんと謝るレオンを見て、シドヴィスは優しい微笑みを浮かべていた。
ふと視線を感じて見ると、貴族の女子グループが信じられないという顔をしてこちらを見ていた。
そういえばシドヴィスがどういう人物なのか、三年生ということ以外、全く分からなかった。
この男っぷりと色気だ。間違いなく女子人気は高いだろう。
平民の一年生が踊って良いような相手ではないということだ。
確かにアデルの理想のリストをほとんどクリアしている。しかし、いくらなんでもこんな眩しい相手はこちらの身にあまり過ぎる。
男から見て女性を弄ぶようなタイプには見えない。貴族とは毛色が違うから珍しいのだろうか。平民相手に気まぐれに遊ぶくらいの気持ちなのだろうとレオンは思った。
「アデルのシルバーブロンドはこの辺りでは珍しいですね。瞳の色もあまり見ないですし、ご両親はどこからか移り住んで来られたのですか?」
「曾祖母がレイズから来たと聞いていますが詳しいところは……」
「……レイズですか、北の雪深い国ですね。他国とはあまり交流を持たないと聞きますから、どのようにしてグランドまで来たのか興味がありますね」
曾祖父は貴族の称号を得る前に各地を旅して回ったという人でその時に曾祖母と出会ったような話を聞いていた。うろ覚えだったのと、きっとお世辞で興味があると言ったのだろうと思って、レオンは詳しく伝える必要もないと曖昧に笑ってごまかした。
「アデルにこのような美しさを残してくれたことに、その方には感謝しないといけませんね」
シドヴィスはレオンが耳元で囁いてきた。こんな風に誉め言葉を言われたら、女の子ならクラっとしてしまうかもしれない。
幸いと言うべきか、レオンは生まれも育ちも男なので綺麗だと言われても、嬉しいとは思えない。シドヴィスの色気には同性ながら、目が眩むものがあるが、頭はやっと冷静に働き始めてきた。
ちょうど音楽が終わって、一歩下がってお互い会釈をした。
シドヴィスはまだなにか言おうとしていたが、義務は果たしたとレオンはお礼だけ言ってさっとその場を離れた。
色男のお遊びに付き合っている暇はないのだ。
レオンは一刻も早くこの状況から抜け出さなければならない。
まずは良さそうな相手に狙いを定めるべく、情報収集が必要だと動き出すことにしたのだった。
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