⑮告白

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⑮告白

 倉庫内の熱さですっかりびしょ濡れになってしまったレオンは、お湯を用意してもらってシドヴィスの部屋で軽く汗を流していた。  今日の授業はなくなったので、レオンの部屋にはミレニアがいることもあり、シドヴィスの部屋を借りたのだ。  こういう時、一人部屋は便利だなと、前回来たときにモヤついた思いはすぐに消え去って、レオンはありがたくお借りさせてもらった。  パタンとドアを閉める音がして、探してくれていた人達にレオンの無事を報告に行っていたシドヴィスが、部屋に戻ってきたのが分かった。 「レオン、手伝ってくれた皆さんには無事を伝えておきました。この件に関しては私に預けてください。あと、着替えですが、予備の制服がなかったので、こちらを借りてきたので着てください」 「あ…すみません。わざわざ、ありがとうございます」  運動着に着替える前の制服は教室に置きっぱなしだったので、予備の制服か何か代わりになるものを用意するとシドヴィスに言われていたのだ。  服をもらうためにぺたぺたと裸足で歩いて来たレオンを見て、シドヴィスは持っていた服をドサリと落としてしまった。 「レ……レオン、そっ…その格好は……」 「あっ…ごめんなさい。着替えるものがなかったから、裸でいるのも寒かったのでシャツをお借りしました」  せっかく汗を流してまた汗でびしょびしょの運動着を着る気持ちになれなかったので、レオンはかけてあったシドヴィスの制服用のシャツを一枚借りたのだ。  当然体格が違いすぎて、レオンにはブカブカなのだが、一枚で都合よく下も隠れたので一時的には問題ないかと思ったのだ。  しかし、シドヴィスは目を開いて固まっている。ついでに言うと服を持っていたときの手のまま静止しているので時間が止まっているのかと思うほどだった。 「ごめんなさい…勝手に借りたのはまずかったですよね。あ…洗って返します。新しいものが良ければ……」 「違うんです…、その格好が…刺激的過ぎて……」 「え?なんですか?」  顔を手で覆ってモゴモゴと話しているシドヴィスの声が聞こえなくて、聞き取ろうとしてレオンはもっと近くへ寄った。 「貴方のペースでゆっくりと仲を深めて行こうと思いましたが、私ももう限界です……。しかも、遊びだと思われていたなんて……」  倉庫での会話のことだと気づいてレオンは慌てだした。 「あっ…あの、あれは……その、まさか俺のことを……、本気でなんて……絶対嘘だと…」 「レオン、お付き合いのレッスンはそろそろ卒業試験です!私も少々私欲に走っていましたが、レオンははっきり言わないと全く伝わらないことがよく分かりました!」 「は…はい」  覆っていた手を取ったシドヴィスは燃えるような熱い目をしていた。その瞳に捕らわれたら、もう身動きはとれないくらいの強さだった。 「とりあえず、ちゃんと服を着てください!話はそれからです!」 「はい!」  ビシッとシドヴィスに言われてしまい、慌てて持ってきてもらったワンピースを身につけた。  結局下着は仕方がないので、同じものをつけるしかなかった。  着替えてから顔を出すと、ベッドに座っていたシドヴィスに手招きされて隣に座らされた。 「さて、私や、私の家のことはレオンはどのくらい知っていますか?」 「えー…と、旧三国の一つのジェラルダン家の方で、元をたどれば王家の一族であり、今でも旧三国会議で選ばれれば次期王になる可能性がある方……ですよね」 「ええ、そうです。上には兄が二人いますが、何かと問題の多い方達なので、父は私に期待をこめて育てたそうです。現王はデェリオン家の出身ですので、父としても息子にどうしてもという思いがあったのでしょう。幼い頃からたくさんの人間に引き合わされてきて、父に認められることだけを考えて生きてきました」  シドヴィスは遠い昔を思い出して懐かしむような目をしていた。自分にはとても想像できない世界の話で、レオンは静かにその目を見つめた。 「ある時、張りつめていた糸がプッツリ切れてしまったんです。必死に頑張ってきたけれど、気がついたら私はずっと一人で、誰かと喜びを分かち合うこともなく、それどころか、人の気持ちすら理解できずにいました。すごく、孤独だったんです。その時は体調も崩してしまい、これからは自分の好きなようにやらしてもらうと宣言しました。それで、父からうるさく言われることはなくなりました。まぁ、極端に生活が変わるわけではないので、やることは変わりないのですが、少し余裕ができました」 「余裕か…確かに大事ですよね…」  余裕がないと言えば自分の人生もまたそうだった。いつも追いつめられるように生きてきた。好きなことを好きなだけ好きな人と、そんな夢を何度見たか分からない。 「この学園に入ってだいぶ落ち着きましたけど、それでも私には足りないものがあったのです。友人には恵まれましたが、どこか心が乾いていて本当に満たされることはなかった。そんな時、レオンに出会ったのです」 「え…俺……?」 「ええ、坂道を汗だくで上る令嬢を見て、心が潤っていくのを感じました」 「え?入学式の時?あの汗だくの俺ですか?大変そうなのに頑張っているから、自分の心も鼓舞されたとか……ですか?」 「ええ!素敵な言い回しですね。まさに、心と体が鼓舞されて、私の心はレオンに夢中になったのです」  人が人に惹かれるという気持ちはレオンには複雑すぎて分からなかったが、頑張っている姿に励まされたということだろうかと思った。 「これでも、私の気持ちを疑いますか?あの馬車の中ではもうどうやったらレオンが私を好きになってくれるか、そこまで考えていましたよ」 「ええ!?」  確かに親切だったが、まさかそこからそんなに思ってくれていたとは驚きだった。 「……レオン、貴方を愛しています。私の真剣な気持ちが少しでも伝わってくれたらいいのですが……」 「シド……」  シドヴィスの瞳は寂しそうで悲しそうな色をしていた。そんな顔を自分がさせてしまっていると思ったら、レオンの胸はきゅっと痛んだ。 「その…、一応、俺は年上なわけですけど…、商人の家に生まれて、たいした経験もないし、大変な運命を背負っているシドに、正直どこまで力になることができるか分からないけれど……。その、本当に俺でよければ…、少しでも力になれたらいいな……と」 「……ん?つまりなんですか?力になってくれるだけですか?」  レオンの曖昧な言い回しに、当然のごとくシドヴィスは突っ込んできた。  レオンは自分でも初めて言うことで、なんと表現していいのか言葉が出てこなかった。シドヴィスの真剣な目に追いつめられて、もう言ってやれと口を開いた。 「きっ……気持ちに答えたいです!今はこんな女装してますけど、ちゃんと男の俺を好きでいてくれるなら……、俺もシドのこと……好きになる……、というか、もう多分……好きだと思う」 「レオン!!最後のところ!ぐにゃぐにゃ言ってて全然聞こえませんでした!そこ重要なところですよ!もう一回!大きくてハッキリした声でお願いします!」  レオンは鬼気迫る形相のシドヴィスに両肩を掴まれて、ぐらぐらと揺さぶられた。おかげで頭が揺れて目が回りよけいに言葉が出なくなった。 「……き……です。す…き…で……」 「本当ですか!!ああ!!これで本当に両思いですね。レオンは私のことはいつ?何を思ってそう感じてくれたのですか?…あぁ…そこまで聞いてしまうのは欲張りですね…、でも嬉しくて…つい……」  揺さぶられた次は、嬉々としたシドヴィスにぎゅうぎゅうに抱きしめられて、今度は息ができなくてレオンは苦しみの声を漏らした。  酸欠で何を言ったらいいのか、分からなくなったレオンは、シドヴィスの質問に答えなければというのだけが頭を回っていた。 「だっ…て、俺……あのとき……シドで…イ……」 「え!?あのとき?イの後は?レオン!レオン!しっかりしてください!」  ついに目が回ったレオンはそこで気絶してしまい、答えることが出来なかった。 「レオンーーー!イの後が気になって、何も手につかないです!!どうしてくれるんですか!!!」  シドヴィスの部屋から絶叫が聞こえて、前を通った者も、イの後が気になったとかならなかったとか。  そして、その頃アデルのベッドの上には、一通の手紙が届いていた。  待ちに待った便りだが、シドヴィスのベッドで気絶しているレオンはまだ当然知ることはなかった。  □□□
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