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⑦僕の夢
ディオからの手紙が下駄箱に入っていたのは、それから三日後だった。
放課後、談話室に集合とだけ書かれていた。
レオンは一気に緊張が高まるのを感じた。上手くいけば、レオンはすぐにでも女装生活から解放されることになる。
女の子と同室というのはなかなか気疲れのするものだった。
着替えは見られては困るし、逆もまた同じ。体毛が少なく髭はあまり生えてこないのだが、少しでもあったらおかしいので、その辺のメンテナンスも欠かせない。
こんな生活ずっと続けられるものではなかった。
授業の方は滞りなく順調に進んでいる。4年の差が出ているのか難なく付いていけている。
レオンとしてはこのまま授業だけ受けていられたら、どんなに幸せかと思うくらいだった。
レオンは放課後、約束通り談話室に向かった。
こんなに簡単に話が進んでしまい嘘のようだが、そこは兄として、同じ男として見極めないといけないと思い気合いを入れたのだった。
談話室の中には先日出会ったばかりで、面白そうだと仲介に乗り出した変わった男ディオと、隣には大人しくて真面目そうな男がいた。
「おう!アデル!なかなか難しい注文だったけど、ぴったりなやつを見つけたよ!こいつはカミーユ・ロドン。気が合うならすぐにでも結婚したいそうだ」
カミーユと呼ばれた男は、こんにちはと真面目そうな顔を崩さず、深々と頭を下げてきた。
全然貴族らしくないのだが、伯爵家の次男だということだった。
真面目なのは大事だ。少し気難しそうだが、付き合ってみると案外優しいのかもしれない。レオンの中の基準はほぼ合格に近くなってきた。
「じゃ、後は二人でね。色々試すこともあるだろうから……」
「へ?試す?」
ディオは良い仕事をしたという顔をしながら、楽しそうに部屋から出ていった。
最後の台詞が意味が分からないが、聞きたいことはたくさんある。
レオンはカミーユにしっかりと向き直った。
「ええと、カミーユさん。初対面で色々と聞いてしまいすみません。ですが、大事なことなので、まず結婚についてや、平民に関してどういうお考えなのかを……」
「……アデルさん」
レオンがメモを取る勢いで真剣に質問を始めようとしたのを全く聞く様子がなく、逆に顔を赤らめて恥ずかしそうにしながらカミーユは、おもむろに服を脱ぎ出した。
「あなたみたいな綺麗な方に……、僕の夢でした。ありがとうございます!」
「げっ!待てっ……嘘、なんで脱いで…!!」
上半身裸になったカミーユは鞄の中から黒くて長細いものを取り出した。
「あぁ……本当に嬉しいです。どうか愚かな僕をこれで罰してください」
その長いものは普段見ることなどないが、多分あれだろうというのを認めたくないが、もう、それにしか見えない。
その次にカミーユが言った言葉に、レオンは泡を吹いて倒れそうになった。
「アデル様……、女王様」
□□
校舎裏が彼のお気に入りなのが、また木の上に寝そべっているディオを見つけたレオンは、ずんずんと勢いあまりながら、ドタドタと足音をたてて近づいていった。
「おー、アデル。どうだった?なかなか面白いやつだろ!これでお前の希望も……」
「ディオ様、ちょっといいですか?話があるんですけど!」
怒りに溢れた目をしたレオンに気づいて、ディオはまずいという顔をして慌てながら木から下りてきた。
「紹介してもらう分際でわがままが言えないことは分かっています。ですが!あれはどういうことですか!?」
「え………あれって?」
「カミーユさんですけど、上半身裸になって、私に鞭を渡したんですよ!しかも女王様と呼ばれました!」
「いや……だって、そういう話だろ」
「どーいう話ですかぁぁ!!私にSMプレイをする趣味はありません!!」
「えっ……俺…間違えちゃった?」
真っ赤になってぷりぷり怒るレオンに、どうやら本気で勘違いしていたらしいディオは、苦笑いしながら頭をかいた。
「悪かったけどさ、豹変して手が早い女のって、もうその世界しかないだろう」
「ちょっと喧嘩っ早いだけです。でも、もういいです。人を頼ろうとしたのが間違いでした。まさか、からかわれるとは思いませんでした。カミーユさん置いて逃げてきちゃったので、謝っておいてください……」
「え?からかったわけじゃ……」
「私、遊んでいる暇がないんです。早く……早くしないと……」
自分の説明が上手くできなかったのが問題なのは認める。だが、希望を打ち砕かれたのは、思ったよりショックだった。このままだともっとひどい態度を取ってしまいそうだったので、レオンは教室に戻ろうとディオに背を向けた。
「………なんでそんなに焦って結婚したいわけ?お前の見た目だったらじっくり探せばそれなりのやつと結婚できるんじゃねーの。というか、結婚ってのがそもそも俺は理解できないけど」
「………急いでいるのは個人的な事情です。……私だって理解できないですよ。だけど……やらなきゃ……いけないんです」
レオンがぼそりと呟いた言葉が、ディオに届いたかどうかは分からなかった。
レオンはそのまま走り出して教室まで戻った。気がつけば時間だけが過ぎている。相手を見つけて終了ではないのだ。婚約までこぎつけて、土台を作ってからやっとアデルと交代になるのだ。
アデルは待っている間に、言葉遣いや態度を改めるように訓練すると父から聞いていた。せっかく取り付けた婚約が、破棄されてしまっては意味がないのだ。
いつこの生活から解放されるのか、うっそうとした気持ちを抱えながらレオンはため息をついて、自分の机に伏せた。
あと何回こんな思いをしたらいいのか、まったく答えが見えなかった。
□□
悪いことというのは続くものである。
しかも、回避できたはずのことなのに、考えなしでバカみたいにそれに突っ込んでしまった。
後悔と不安が押し寄せてきて、ふらふらとしながらレオンは半身を壁にもたれて遠い目をした。
「アデル!すごいじゃない!特別生で、いや女子でなんて初めてらしいわよ」
半分意識が死んでいたが、ミレニアに肩を叩かれて、レオンは壊れた人形みたいに顔を上げた。
「わぁお、ひどい顔……、もしかしてこういうの苦手?……そうね」
なぜ学力テストの時に手加減しなかったのかと、当たり前のことをミレニアにつっこまれてしまった。
「………だって、まさか、こんなことになるとは…、まさか……私が…選ばれるなんて」
生徒達が掲示板に集まっている。皆が見つめている先にあるのは一枚の紙、今年度の代表生を知らせるものだった。
すでに、二年、三年は決まっているらしく、新入生の代表生について書かれていた。
¨新入生の代表生については、学力試験の結果、アデル・アーチホールドに決定した。
活動は上級生の指導のもと、早急に始められるべし¨
レオンはもう百回くらい読み返したが、何度見ても自分の名前が書いてあった。
多少できたとは感じていたが、必死に解いていた男子生徒達をまさか追い抜かしてしまうとは思っていなかった。
ものすごい冷たい視線を感じて恐る恐る目を向けると、あの三年の貴族女子グループが氷のような目でレオンを見ていた。
それだけでも、消え去りたい気分になって、ますます小さくなった。
三年の代表生の欄には、ジドヴィスの名前がある。このままだと、本当に凍りつくかもしれない。
そして、信じられないものをレオンはまた見てしまった。
二年の代表生の欄には、ディオ・ジュベールと書かれていた。
考えたくなくて、何度も違う人だと繰り返し祈っているが、確かジュベールという名前は……。
「すごいわね、アデル。旧三国のお二人と一緒の代表生なんて……」
「ああぁぁ、やっぱり……。でも名前が一緒でも、同じ人物だとは………」
ガタガタと震えて小さくなっているレオンは教師に呼ばれて校長室まで連れていかれた。
もしかして校長に自分には荷が重いと訴えれば、どうにかなるような淡い期待がじんわりと生まれてきたのだった。
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