10人が本棚に入れています
本棚に追加
……ついてきてる!
あえて気配を立てているのがわかった。
立ちどまりたい衝動。ふり返りたい欲望。その二つにかられた私はしかし、懸命に抑えた。
彼に触れたいのに……見つめたいのに……。矛盾が胸を圧迫する。
でもだめ。ルール。
出さない声で戒め、かわりに吐きだした大きな息で、傘を持ち替えた。
刹那、
「宝理奈世」
肩を叩かれた。
「えっ」
反射的にふり返っていたその目に入ったのは、色白の細面。
「あ……尾軽渡さん」
彼女は無言で、傘を持たないほうの手を胸の高さにすっとあげた。
予期せぬ出逢いに続ける言葉を見失っていると、向うからふってきた。
「ここ帰り道なの?」
「え、うん。普段は自転車で大通り帰るんだけど、雨の日は危ないから」
「なるほど」
無感情で答えた彼女がそのまま歩きだしたので、足並みを揃えた。
瞬時に後方へ走らせた視界に、彼の姿はもうなかった。
三年になってはじめて同じクラスになった彼女と言葉を交わしたのは、数えるほどだった。苦手というわけではない。だけど、纏うほかとは異質な雰囲気に、少し近寄り難さを感じていて……。
その特異性の一つが名前の呼び方。
誰に対してもフルネームでかける彼女に、「それって、どうして?」少ない会話の中で尋ねたことがある。
答えは飄々とした口調で返ってきた。
せっかくついているのだから、全部口にしなきゃもったいない―――。
決して不快なことではなく、かえってもっともと思えなくもない考えだけど……違和感は覚える。
「尾軽渡さんちも、こっち方向だったの?」
「逆。でも祖父の見舞いにいく日は、この道使ってる」
ふり向くことなく答えた彼女は、家族のみ面会時間に融通の利くその病院に向かうには、白由が丘駅から二つ目の小岡山駅で乗り換えなければならず、両駅間の電車賃がもったいないので歩いている、ともつけ足した。
ちなみに小岡山駅は、私が利用する一つめの碧が丘駅から目と鼻の先。
「あ、そうなの……。ご病気?」
控えめな声で尋ねると、
「ええ、まあ。―――年寄だから仕方ないんだけど」
抑揚なく返してきた。
「仕方ない」の台詞が引っかかった。平然とした彼女の横顔だったけど、もしや、危ないんじゃ……。
最初のコメントを投稿しよう!