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三〇代の、先生というよりも兄さんといった風情の彼は、練習中は厳しさを緩めないけど、いざグランドの外に出れば、友だち同士的な間隔を持って接してくる。その緩急がお互いの信頼性を強くし、部員各自の潜在能力の発揮に尽力しているのはたしかだ。だからこそ我がクラブは、前監督以降も、優秀な成績を継続できているのだと思う。―――今年は除いてだけど。
近畿地方のスタジアムで行われた、女子高校野球全国大会。
フェンスぎりぎりの、しかしセンターフライで幕を閉じた私たちの戦い。
初戦敗退は、ここ数年では最悪の結果。
そのため、わずかな休息日を挟んだだけで練習が再開されたのは、強豪校と呼ばれ続けている身であれば当然のことだった。
ただ、監督からの檄は、これから主役を張っていく二年生たちへ、ほぼ向けられることになる。
「一五分後、紅白戦」
ノックを終えた監督の短い言葉に、「はいっ!」部員全員の声が揃う。
二年生対三年生。―――今日の練習のはじめに通達されていた。
目的は、これから部を背負って立つ下級生たちの強化なので、当然三年生は手を抜きはしない。逆に、白菊大へあがっても白球を追い続ける想いのメンバーがほぼだから、さらなる自分たちの技術向上のため、大会モードで臨むはずだ。
上にも女子硬式野球部はあり、例年多くの先輩が入部している。それゆえ、女子大学野球界でも、白菊は強豪の名で通っている。
一年生に内野のグランド整備を命じてからダッグアウトに戻ってきた安子が、あごの汗を拭きながら隣に座った。
「長江も元気そうにしてるから安心したわ」
いわれて相手チームへ目を向けた。
三塁側ダッグアウトの端で、次期エースは、立たせたキャッチャーとキャッチボールを始めている。キャップの下の顔に笑みが浮かんでいるのは、ここからでもわかった。
打ち込まれた先発の彼女は、五失点で三回を持たず、今大会のマウンドを降りたのだった。
「うん」
そのままの視線で答え、練習用ユニフォームに包まれた半身を大きく伸ばす。
青空からの陽射しをさえぎるダッグアウトは、二台の扇風機がたいして涼しくはない風を送るのみ。それでも、留まっていたいという欲望は去らない。それは私だけではないようで、今、ベンチの並ぶ日陰内では、安堵したような三年生チームメイトのざわめきが、そこかしこであがっている。
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