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本学園の生徒が、学園付近で痴漢に遭い軽傷を負った。なので、夏休み中の、特に日暮からの校外での行動には、くれぐれも気をつけること―――。
注意喚起のメールが学園側から送信されてきたのは、数日前のことだった。
学内で一、二を争う美形。と、入学当初から評判の彼女は同じ三年生。ダンステクニックも容姿同様、まわりと一線を画す彼女が、クラブを強力に牽引するひとりであることは知っていた。
「恋乞緑道でだったみたいよ」
「……」
「あそこ雰囲気いいからみんな気にしないんだろうけど、逆にそれが仇になったのかも」
「……うん」
「だからさ、奈世もあの道、もう使わないほうがいいよ。埴田さんみたいにけがして、もし野球に支障が出る躰になったら大変じゃない」
「そんなことは……」
「なにが起こるかわからないんだから」
強く重ねた彼女は、「ね」と念を押すと、
「ちょっと投げとこうよ」
気持ちを切り替えるようにいって、団扇を置いた左手を、ミットの中へ滑り込ませた。
陽光の中へ出ていく広い背中を見ながら立ちあがった私の頭の中には、痴漢のことよりも、「野球に支障が出る躰になったら大変じゃない」の言葉が原因で浮上した“野球継続の悩み”が、またしても渦巻いていた。
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