【3・出逢っちゃったのよね】

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【3・出逢っちゃったのよね】

     【3・出逢っちゃったのよね】  薄墨色が空全体を覆っていても、夏のこの時間、緑道をいく目に街灯の明りはまだ必要はない。  グランドが使えない雨の日は休み―――になることなどはなく、体育館や校舎内でのサーキットトレーニングで汗を流す。  普段と違うメニューは、やはりいつもとは違う疲労をもよおすが、心地よさは変わらない。  白由が丘駅のメイン改札を出て左に折れていくと、すぐに踏切を見る。さらにそこを渡っていけば、間もなく、恋乞緑道の始まりに踏み入れられる。  緑道は車一台分ほどの石畳が両サイドに並行し、それに面して立ち並ぶ洗練された店舗群が、平日休日の隔てなく、多くの人々を引き寄せている。  ただ、にぎわいの続くのはそれほど長い距離ではない。直にぶつかる車道をすぎれば、緑道が従えてきた石畳は軽自動車でもつらい道幅と姿を変え、両サイドの景色も戸建やマンション、洒落たアパートなどが大勢を占めるようになり、閑静な住宅街を形づくるから。  家屋の立ち並ぶ風景の中には二、三の遊具を置く小公園をも窺え、近隣住民に憩いを提供しているが、休憩スペースということであれば、ベンチという形で緑道上にも散見できる。しかも場所によっては、脇に植えられた鮮やかな色の一年草が、休息とともに目も楽しませてくれるという、おまけがついている。  その一つが、傘の下の視界に入ってきた。  雨で変色した木製のベンチは、すると、なんの抵抗もなく、あの日の情景を脳裡にフラッシュバックさせた。      *  空は、球場から学園に戻るまでの車中で泣きだしていた。  駅で部員たちと別れるまで、私は気丈に振る舞った。  それからひとり―――緑道。  喧騒を抜け、蝉の鳴き声も聞こえない道をいく足が無意識にとまった。  静けさが途端、必死に押さえ込んでいた感情のひもを緩めた。  悔しさ、ふがいなさが堰を切り、顔面を崩した。  溢れる涙は折り畳み傘で隠すことができた。だけど、嗚咽だけは無理だった。  雨の音を再び鼓膜が捉えるまでに経た時が決して短くなかったことは、すっかり陰を濃くしていた地面の色が教えていた。  タオルで目頭を何度も拭った。  そして、ようやくあげられた視界に飛び込んできたのが、  えっ……。  ベンチに座る、彼―――だった。  うそ……どうして……。  雨滴に霞む中に現れた姿は……幻想?
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