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打ちひしがれた心を癒すために見せた、私の……幻覚?
過去、つらいとき、哀しいとき、幾度も助けてくれた彼だったから……。
でも……網膜は実体として、背筋を伸ばした彼の四体をしっかりとり込んでいる。
―――心中で強く首をふった。
やはり現実にいるはずなどない。だって彼はもう……。
ところがそんな想いとは裏腹に、両の爪先はゆっくりと彼に向かいだして……。
「……達郎」
洩らした言葉と差し伸べた手は、思わずだった。
凛々しい表情は、その場をじっと動かない。
懐かしさ……。喜び……。
しかし、対峙する黒目勝ちの目が、頭のどこかで非常アラームを鳴らし、手を引かせた。
だめ!
ふりきるように顔をそらした。
これは幻影。幻覚。幻視。―――強く説き伏せた。
けど―――。
*
大会後の休息日、ここへ運びたくなる足をとどめるのにずいぶん苦労した。
でも、部活が再開され、今日、こうして小雨そぼ降り……。
だったら仕方ないわよね―――。雨の日、緑道を歩いて帰る習慣になっている私の、心の裡に向けた声は弾んでいた。
自宅の最寄り駅が、学園のそれである白由が丘駅の一つ隣だったので、私は緑道に平行して走る車道を使っての自転車通学をもっぱらとしていた。学園まではこの緑道を使うのが最短なのだけど、自転車走行は不可だったので仕方がない。だけど、雨天、もしくはその確率が帰宅時間帯に高くなる怖れのある日は、濡れることと運転の危険性を考え、ここをいく。慌ただしい朝はさすがに電車を使うけど。
一目姿を見るだけ……。ただそれだけ……。
強引に彼から顔をそらしたあのときの意思は、危惧していた通り、短時間の間に薄まっていた。
もちろん、そううまく再会できるか……? との不安は併せ持っていた。
だから、はやる心へ何度もいい聞かせた。―――できなければそれまでよ!
はたして彼は……いた。
私にそそがれる穏やかな表情は、あの日と同じベンチの上にあった。
瞬く間に全身が熱くなった。口角が自ずとあがった。
でも―――、
すぐに唇を噛み締め、視線を外した。それが自分で決めたルール。―――一目見るだけ。
次いで、
これは幻影。幻覚。幻視。―――心に念じた。そうでないことを信じつつも……。
ベンチを通りすぎた。
知らず足どりは緩んでいた。
と、
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