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「──あの、」
遠慮がちではあったが、意志の強そうな低い声が背後からかけられる。
ドキッとした。
忘れもしない、耳に心地好いこの声。
全身の血液が沸騰するような錯覚さえ覚える。
でもまさか、そんなはずは。と朔太郎は思った。
「すみません。もう今日の営業は終わりですけ……」
逸る気持ちを抑えながら応えると、朔太郎と向かい合っていた亜弥が興奮気味に耳打ちしてくる。
「ヤバ! めっちゃタイプの都会感あふれる超絶イケメンが来たんだけど! ねぇ、アレ絶対モデルか芸能人だってば!」
「だとしても、焼きまんじゅう屋の付き添いの女子にモデルは興味を持たねぇよ」
呆れた口調で返してはいたが、声の主に心当たりのあった朔太郎は内心ドキドキしながらゆっくりと振り向く。
「あ! やっぱりサク先輩だ! やっと見つけましたよ!」
途端、目の前に立っていたゆうに百八十は超える長身の男と視線が合致し、女好きする顔で微笑まれる。
直感的にマズいなと感じ、朔太郎は小さく息を呑む。
男は麻素材のネイビージャケットに白いTシャツ、ボトムスは薄いベージュのチノパン。足元はダークブラウンの革靴という、一見してラフな格好をしていたが、身につけているものは多分、全てが上質な海外ブランドだ。
この男は出逢った時からそうなのである。
何もかもが生まれながらの洗練された王子様で、まんじゅう屋出身の朔太郎とは住む世界が違う。
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