創作者の苦悩

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創作者の苦悩

「才能が欲しかった……」  大好きな貴方が肩を落として項垂れた時、私は一瞬の間に思考した。 「才能なんて、誰が持ってるの?」  思案しなくても、私の結論はいつも根強い持論の中にある。ただ、「そんなこと無いよ」と言って欲しいのか、「そうだね、私もよくそう思う…」と一緒に落ち込んで欲しいのか、少しだけ思案してしまったのだ。  だけど、選びとった選択に後悔したくないので、私はいつだって、「私らしい言葉」で返す。他の言葉が欲しかったのなら是非、私以外の人にもその言葉を投げ掛けてね、と思う。もし、もしも、欲しい言葉があったのなら、それを私があげられなくてごめん。でもそれは、私の非では無い。  きっと、正論で返されることを嫌うだろう。でも、私は私の好きな人が、そう言って落ち込んでいる姿を見たくないのだ。  自分勝手だと、貴方は思うだろう。では、問う。自分勝手ではない言葉なんて、存在するの?私が私の意思を持って紡ぐ言葉が、貴方の期待に沿えないことを「自分勝手」と言うならば、私は自分勝手で良いの。私の言葉を、貴方に伝えたい。 「私、貴方の作品、好きよ」  それじゃあ、駄目なの? “他人”と言うものは、きっとどうあっても理解できないのだろうと思う中に、時々、こうして挫折してしまう人に巡り合う。  私の目には、それが不思議に映るし、少しだけ、ほんの一握りだけ、羨ましくも映る。  私の創作は、ただ、楽しい。好きだ。思うままに、自由だ。それに評価を頂けたら、思いがけないもので、敢えてシンプルに表現するなら、「ラッキー」だと思う。様々な語弊があるかもしれないけれど。棚からぼた餅、と言った方が正しく伝わるかもしれない。おまけのようなものだと言うと、やっぱり、軽視して伝わってしまうかも知れないけれど。  肩を落とす彼とは、打ち込みの真剣度がまるで違うのだろう。それはきっと、そうなのだろう。  私の作品は、愛情は込めているが、多分、魂は籠っていない。  彼らの作品にはきっと、愛情と魂が籠っていて、創作とは、削り取られていくような感覚がしばしばあるのではないだろうか。  それを私は、言葉やイメージでは理解できても、完璧に解ってあげることは出来ない。  同じ土俵にいない。同じことに悩まない。同じ言葉を紡がない。同じ感性ではない。ーーー当たり前だ。私達は、それぞれ、唯一無二の、違う人間なのだから。  皆同じでは、この世界には既に人間なんて誰一人生き残っては居なかっただろう。当然だ。  違う価値観を、違う感性を、違う言動を、受け入れたり、時に議論するから良いのだ。違う人間だから私達は、補い合える。助け合える。好きになる。尊敬する。軽蔑もする。嫌いにもなる。全て、当然で、自然なこと。なるようにしかならない現実は、変えられないことと変えられる事が共存している。気が付いているのかいないのか。……そんな言い方をしてしまうと、まるで私の方が優れていると言っているみたいで、嫌だろう。私も、そういうつもりで紡ぐ言葉じゃない。 「口にする言葉は、貴方を自由にも不自由にもするから。貴方がどうしてそんな風に落ち込んでいるのか、どうか聞かせて欲しい」  私の、貴方に対する憶測は、憶測の範囲を飛び越えたりしない。聞かなければ解らない。聞いても解らないことだって沢山あるのに。  きっと私は、貴方の全てを受け入れることは出来ないだろう。それは、そこまで私が傲慢な人間ではないと言う意味だ。それでも、理解しようとすることは出来る。一緒に考えることは出来る。必要ならば、私の意見を伝えることだって出来る。それは、さっきも言ったように、貴方の求めている言葉では無い可能性の方が高いけれど。  どうか、そんな風に肩を落とさないでーーー本当は、そう伝えたい。  貴方は素敵な人なのに。  貴方の作品は、貴方らしさに溢れていて、やっぱり素敵だと思った。  私は好きよ。……それじゃ、ダメ?  駄目なのは、分かっている。やっぱり、それは私がそんなに傲慢な人間ではない証のようなものだ。   「力不足な自分が許せない……」  まるで独り言のように、貴方は呟く。苦しそうに。顔を歪めて。もがくように。  ああやっぱり。理想がきっと、高いのだ。越えたい壁が、高いのだ。それならば、きっとその挫折のような感情は貴方にとって必要な事だし、越えた先は絶景だろう。その感情を、誇ってもいいと思う。ーーーなんて、軽率には言えないけれど。 「そう。じゃあ、どうして力不足だと感じたの?」  ひたすら、貴方の考えを聴く。  苦しそうに話す胸の内に同調しないからこそ、私が此処に居る意味があるのだと思うくらいには、私は貴方に対して図々しい。  ちょっと休みたいと、距離を置く。  そう思ったのなら、きっと貴方にはそれが必要だったのだ。それに対して、苦しまなくていいと思うし、申し訳なく感じなくていいと思う。けれど、苦しむし申し訳無く思ってしまう貴方の人に優しいところ、よく知っている。つもり。  苦しいね。きっとそれは、苦しいね。  だから私が伝える言葉は、貴方にとって優しいだけの言葉では無いかも知れないけれど、貴方が貴方を責めなくていい世界に辿り着けたらいいのになぁと願って発する言葉だったりする。だって、私は貴方が好きだから。  この先、貴方が貴方を諦めてしまうような未来に辿り着いたって、生きているならそこは終着駅ではない。そのまた先の未来の貴方はやっぱり、筆を取っているかもしれない。誰が、未来の事を分かると言うの?  貴方が貴方を諦めても、私は貴方を諦めない。  それは、「また筆をとって欲しい」と言う願望から来る言葉では無いことは、誤解せずに理解していて欲しいポイントだから。それはちゃんと伝えたいところ。  貴方が筆を取ることを止めても、それで、貴方の価値が無くなったわけではない。貴方が貴方でいる限り、貴方は終わらない。貴方しか生み出せない作品を生み出している貴方事、私は貴方が好きだから。  貴方の言葉の一つ一つすら、作品なの。  貴方の思考の一つ一つすら、作品なの。  尊いの。大事なの。唯一のもので、貴方にしか生み出せない。  休んでいいよ。でも、きっと貴方は、また筆を取る。  苦しい顔をしながら。  何処にいても、何処まで行っても、貴方が貴方であることを、貴方はきっと、絶望するタイプの人間だ。  だからどうか、  私を傍に置いてよ。  貴方には私が必要だとか、私が助けてあげるだとか、そんなの、ミジンコ程も思っていないから安心して欲しい。  貴方といると、私は幸せになれるの。  自分勝手だと、やっぱり貴方は思うかしら?  じゃあ、言わせて貰うけど、自分勝手じゃない人間なんて、この世にいるだろうか?貴方の理論では、きっと、居ないでしょう?私の想像だけど。貴方は優しい程に、何処かひねくれている。  きっとそんな事を考えている貴方は何処までも独りだけど、どうか安心して欲しい。私も、何処までも独りなんだから。  独り者同士、なんの柵も無いじゃない。  どうせ傍に置くのなら、貴方の敵でも味方でも無い、私がきっといいわ。  どうせ貴方の心の中に入ることは出来ないのだから、傍にいるくらい、赦してよ。 ー完ー
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