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わたしの知らない流川瑞月が、ぐ、と距離を詰めてくる。
心臓に悪い音が鳴って、そんな音を立ててしまう自分が憎かった。
気づけば消されていた煙草の火は、律義に携帯灰皿に捨てられる。
ポイ捨てなんてしないところが、彼なのなら。
最低になりきれないのが、彼の本当だとしたら。
わたしはどうしても、
“いま”の彼を知りたいと思ったんだ。
「──慰めて、あげるよ」
咄嗟に零れた言葉に、後戻りしたいとは思わなかった。
興味本位だと言ったら、わたしはちょろくて都合のいい女だと、流川は笑うだろうか。
安っぽい女だって、そう思ってもいいよ。
相手が誰かなんて、どうでもいいんでしょう。
都合のよくて、後腐れのない、どうでもいい女だったら、すこしでもそばにいさせてくれるんじゃないかって。
誰でもいい流川瑞月と、
なんでもいいから知りたい私。
──最低なら、最低に乗っかればいい。
自分を差し出しても、彼のことが欲しいと思ったわたしは。
たぶんもう、抜け出せないのだろう。
思い出す、あの中学生だったころの自分への後悔。
きちんと終わらせなかったあの頃の自分にまた後悔を重ねるのか、それとも、感謝するのか。
―――そんなことはもう、どうなったっていいと、やけくそだ。
近づいてくる唇。
バニラの香りが鼻を掠める。
煙草の匂いはやっぱり、好きじゃなかった。
だからさ、流川。
似合わない煙草を吸って、何になりたいのか教えてよ。
「───、っ」
重なった唇は冷たくて、
やっぱり『流川瑞月』は、機械のようだと思った。
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