導入2

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導入2

 ヴィランの仕事は年中無休だ。雨でも雪でも猛暑でも、ヒーローの壁として立ち塞がらないといけない。もちろん俺も例外ではない。  俺は炎天下の中、ヒーローフレイムバスターと対峙していた。  それにしても涼しい顔して立っている。汗ひとつかいてないのがイヤミのようだ。俺なんか全身汗だくで、服なんて絞れるくらい湿っているのに。 「なんでそんなに汗かいてるわけ?」 「ユニフォームが黒だからだよ、悪いか」  バカにするように嘲笑ってくる。誰だ、こいつのこと爽やかとか言ったやつ、出てこい。この爽やかとは程遠いゲス顔を目の前に叩きつけてやる。 「さ、今日もちゃっちゃと終わらせようぜ」  自分の身長くらいある長さの剣を構え、不敵な笑みを浮かべるフレイムバスター。今日は長物で勝負するらしい。俺も腰につけていた短いスティックを伸ばして構え、ジッと相手を見据えた。 「いくぜ!」  あいつが勢いよく地面を蹴って、こちらに踏み込んでくる。弾丸のような速さで振われる得物を1合、2合となんとか受け流していた。 「いま仲間内でタイムアタックが流行っててさぁ、何分でヴィランを倒せるかって競ってるんだよね」 「お前なら、余裕だろ……ッ!」  受け流すだけで手一杯で、反撃の隙が見つからない。その間にもフレイムバスターはどんどん手数を増やして撃ち込んでくる。劣勢なのは言わずもがなだった。 「だから、とっとと負けてくんない?」  鍔迫り合い時の挑発をぐっと堪える。ここで挑発に乗ってしまうと、そのまま一気に相手に持っていかれるだろう。ここは冷静に状況を見極めて反撃のチャンスを……。  ここまで考えたとき、俺は信じられない光景を目にする。さっきまで撃ち合っていたはずのフレイムバスターが、いきなりぐらりと傾いて、そのまま倒れて動かなくなってしまったのだ。 「お、おい!!」  慌てて駆け寄って呼吸の確認をする。荒いがまだ息はあるようだ。体に触れると異様な熱を持っていて、慌てて手を離した。  そういえばこいつ、汗を一滴もかいてなかった。ヒーロースーツの性能だと思っていたけれど、ただの熱中症だったのか。 「こちらヴィランNo.038。ヒーローフレイムバスターが倒れた、至急ヒーロー本部に連絡頼む」 「了解、応急処置をして待機せよ」 「わかった」  憎い相手だが、殺したいわけでもない。とにかく涼しいところに連れていかなくては。  俺はフレイムバスターを抱え上げ、近くの木陰へと移動させた。    上半身だけスーツを脱がす。炎のように鮮やかな赤の下から、綺麗に鍛え上げられた筋肉が露わになった。さすが期待のヒーローと言われるだけのことはある。  自販機でペットボトルの水をいくつか買って、タオルを濡らす。それを脇や首に当てて体を冷やした。団扇なんて持っていなかったから、自分も上半身裸になり、脱いだ服で風を送る。ないよりかはマシだろう。これで体温が下がってくれるといいけど。  しばらく扇いでいると、荒い呼吸がだんだん落ち着いてくる。眉間のシワもなくなり、穏やかな寝顔と呼吸音が聞こえてきた。体に触れても、もう熱すぎるなんてこともない。  二重生活で溜まった疲れがこの猛暑で一気に出てしまったのだろうか。  とにかく、これでとりあえずは安心だ。俺は大きく息をついた。  それにしても、まつ毛も長い上に鼻筋は通っていて、顔も小さい。ただただ整った顔をしている。お母様方の心を鷲掴みにするのもなんとなくわかる気がするな。ヒーローじゃなかったら、俳優かモデルかやっていたかもしれない。そのくらいの容姿をこいつは持っていた。 「黙ってくれれば、俺だって気持ちよく負けてやれるのにさ」  本当に幼い顔をしている。大学生だ、年も弟とそんなに変わらないだろう。  それなのに、みんなの期待を一身に背負っているんだよな、こいつは。案外、1人で頑張りすぎてしまう性格なのかもしれない。  垣間見えた新しい一面になんだか愛着が湧いてくるような気がして、俺はかぶりを振る。ダメだ、これで攻撃ができなくなってしまえば、俺が殺されるのだ。こいつには近付きすぎてはいけない。俺は湧いてきた愛着もなにもかもを逃すように、ユニフォームで再び扇ぎ始めた。  ザァ、と心地の良い風が吹く。扇ぎ続けて汗をかいた俺にもちょうどいい風だ。フレイムバスターの蜂蜜のような色した前髪もサラサラと撫でていた。ここの木陰にして正解だった。俺はやつの髪に落ちてきた葉っぱを取り除いてやる。 「もうすぐ迎えがくるからな、頑張れよ」  フレイムバスターが頷いた気がするけど、多分気のせいだろう。
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