承その2

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承その2

「なんで!! 弟と同じ大学なんだ!!」  たどり着いてみると、そこには弟が通っている大学と同じ看板があった。大学はキャンパスという色んなところに建物が分かれているはずだが、場所までも全く同じだ。つい先日、ここで待ち合わせをしたからよく覚えている。嫌な現実から目を逸らすように、何度も地図を確認するが、この場所で間違いないだろう。無情にも地図につけられたバツ印が、どこかへ移動してくれることはなかった。  この変装は身内には意味がないだろう。髪色を変えるだとか、特殊メイクを頼むだとかもっと奇抜な雰囲気にした方がよかったかもしれない。  だが、ここまで来てしまって今更引き返すだなんて面倒だ。要は接触しなければいいんだろ。大丈夫、講義に参加するわけじゃないからバレないバレない。そう思い直して、大学へと踏み出そうとしたその時── 「炎也兄さん!」 「ギャッ!!」  ぎゅぅ、と後ろから抱きしめられる感覚と、耳元で呼ばれる自分の名前。この声を間違えるわけがない、弟の樹だ。入って数秒でバレるなんて。もうおしまいだ……。口から出そうになる心臓を、なんとか押し留め、ゆっくりと振り返る。拳を握って前に出し、手錠をかけられるポーズをするのも忘れない。さあ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ……。  だが、目があった弟は、心底驚いたという顔をして俺を解放した。 「あれ? 兄さんじゃない」 「……え?」 「ごめんね、後ろ姿が兄にそっくりだったんだ」  もしやこいつ、俺だと気付いてないのか? 「おかしいな、今まで兄さんを間違えたことなかったのに」  俺が目を丸くしているのことなどお構いなしに、弟は首を捻っては俺をジロジロと眺めている。もう上から下までじっくりと舐め回すように。  なんだかよくわからないが、首の皮一枚繋がったようだ。本当に気付いていないなら、なんとか誤魔化さないと。 「……この世界には、顔がそっくりの人間が3人いるって言うだろ、人違いだ」  弟の訝しげな視線から逃れるように、2,3歩後ろに下がって距離を取る。ダラダラと垂れる汗を手で拭った。初っ端からイヤな汗をかいてしまった。 「ふーん、そっか。ねぇ、名前は?」 「………えん……っけんや」 「えんけんやくん? わぁ、名前まで兄さんそっくりだ」  俺のその場凌ぎの嘘を信じた弟は目をキラキラと輝かせて、俺の手を握る。「ぼく、九十九樹(つくもいつき)! よろしくね!」と握った手を何度も振った。明らかに名前を誤魔化したことは気付かなかったらしい。究極の二択を迫ったこの前の成長っぷりが嘘のようだ。なんだか、弟の大学生活が少し心配になってきたぞ……。変なツボを買ったり、騙されて借金の保証人になったりしないだろうか。このままついて行って見守りたい気持ちが、頭をもたげる。ダメだ、とかぶりを振った。俺は弟と仲良く暮らすために、フレイムバスターを監視しに来たんだ。ここで脇道に逸れるわけにはいかない。でも弟が騙されるのは兄として心配だ。  頭の中では、天秤の上でフレイムバスターと弟が楽しそうにシーソーをしていた。いっそのこと俺も混ぜてくれ……。 「……ねぇ……ねぇってば!」 「う、うぉ…!」  気がつくと目の前には弟の顔のドアップが。くるんとした長いまつ毛が興味深そうにぱちぱちと瞬いていた。 「ぼくの兄さん、炎也って名前なんだ。けんやくんはどう書くの?」 「あー、健康の健に也だ」 「苗字は?」 「え? えーっと……」 「お金の円? それとも幼稚園の園? それとも……」 「お、お金の円……かな」 「いい名前だね! 円健也くんかぁ、うんうん。じゃあ、好きな食べ物は?」  樹のマシンガンのような質問攻めは止まらない。そろそろ退散しないとボロが出そうだ。まだ『円健也(仮称)』という人物の設定も決まってないうちから、親しい人間と一緒に行動するのは良くないだろう。  俺はわざとらしくスマホを取り出して、時間を確認する。 「あー……その……講義の時間は大丈夫なのか?」 「え? あっ!!」  慌てて自分のスマホを開く樹。どうやら講義はもう始まっているようだ。 「じゃ、健也くんまたね! また、絶対に会おうね!! 絶対だよ!!」  弟が何度も念押ししながら、講義室の方へ駆け出していく。にこやかに手を振って送り出し、その背中が見えなくなるまで見届けた。  いきなりどっと疲れたな……。フレイムバスターにまだ会ってすらいないのに。唯一の救いは、なんとか誤魔化せたっぽいところか。良い子に育ったのを嘆けばいいのか誇ればいいのか……。とにかく、今のところ弟にバレる心配はないだろう。  次は、本題のフレイムバスターだ。あいつは昼休み前は必ず空きコマにする主義らしい。どうして知っているかって? 簡単な話だ。  これからのヒーローはホワイト企業だ!というのを掲げているからか、ヒーローはシフト制になっている。ヴィランが出たときに出勤できるものが対応に向かう、というのが表向きの仕組みらしい。だが、本当はヴィランたちが担当ヒーローから提出されたシフト表を見ながら、襲撃時間を組んでいるのだ。適当に「私用」と書くだけでいいのに、几帳面なアイツのシフト表は、用事から大学の時間割まで丁寧に書き込まれてあった。だから、フレイムバスターがいつ大学にいるのか、ということはもちろん、私用でどうしても出動できない日なども俺は全部把握している。  と言っても、プライベートを覗くのは趣味ではないので、ざっくりとした事柄しか頭に入れていない。おかげで今日まで弟と同じ大学に通っているだなんて知らずに生きてきたのだが。……今度から真面目に確認しようと思う。  話は逸れたが、その提出されたシフト表によれば、今の時間は食堂でお昼を食べているらしい。学生証の持たない俺は、昼休みと放課後しか接触ができないので、その時間を確実に狙うしかなかった。今はその絶好のチャンスというわけだ。俺は学食へと向かった。
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