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承その3
学食はまだ講義中だからか、人はまばらだった。だけどその中に、目を引く人集りが1つ。多分、学食にいる6割くらいはそこに集まっているんじゃないだろうか。時々、キャー!という黄色い声も聞こえてくる。正直、かなり異様な光景だ。人集りに入ってない人は、その光景を羨ましそうに見たり、鬱陶しそうに見たり、そもそも興味がないという風にスマホを弄っていたり、と反応はさまざまであった。
人が多くて見えないが、多分あの輪の中心に、フレイムバスターがいるのだろう。あの輪の中に突撃する勇気はさすがにない。まずは近場で情報を集めよう。そう決意して、一食180円のきつねうどんを購入した。そして、人集りの会話が聞こえそうな範囲内で誰かが使っているテーブル席を探す。これが中々骨が折れた。なにしろ輪に入ってない人間は、みんな人集りから離れた席に座っている。たしかにゆっくりしたいなら、この喧騒は邪魔だろうな。ぐるぐるとあたりを見渡してやっと見つけた、すぐそばに座っている男の向かいに腰掛けた。
その男は必死に親子丼をかき込んでいる。隣には空になったラーメンのどんぶりもあった。よくわからないマスコットが描かれたTシャツに、カラフルな柄のステテコ。ちょっと個性的な雰囲気で腰が引けるが、輪の中に飛び込んで変な目で見られるよりかは数倍マシだろう。
「なぁ、」
そいつは俺のことをチラリと見たが、すぐに興味を失って親子丼をまたかき込み始める。……ガン無視、いや聞こえなかったのかもしれない。そう信じたい。多分食事中は会話をしたくないタイプなのだろう。食べ終わるまで待ってみるか。そう決めて俺もきつねうどんを食べ始めた。
俺のうどんが半分くらいなくなったころ、そいつは空になった親子丼の器を、ラーメンのどんぶりの上に重ねた。コップの水も一気に流し込み、ぷは、と息を吐く。満足げにお腹をさすりながら、そいつはやっと口を開いた。
「……で? なんか用?」
急に話しかけられた驚きで、思考が一瞬止まる。半分くらい口に入れていた油揚げを慌てて全部吸い込んだ。
「……んぐ…。みんなあの人集りは避けてるだろ?なんでお前はこんな近くで食べてるのかなって」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました」
そう言ってテーブルから身を乗り出して、顔を近づけてくる。耳を貸せという風に自分の耳をとんとんと叩いた。俺も少し前屈みになり、耳を近づける。
「俺はさ、八巻泉の親友なわけ」
「八巻泉の親友」
聞き覚えのない名前に、ついオウムのように復唱してしまう。すると、そいつは大袈裟に驚いてみせた。
「八巻泉を知らないのか!?」
その言い方に少しムッとしたが、ここは大人しく頷いておく。そいつはあたりを警戒するようにキョロキョロと見渡した後、さらに声を顰めて話し始めた。
「あの輪の中心、我らがヒーロー、フレイムバスターのことさ」
「な、なんだって!?……むがっ…」
「シッ! 声が大きい」
とっさに俺の口を塞ぐ。今度は注意深く辺りの様子(特に人集りの方)を伺って、やっと手を離した。こいつからなら情報が聞き出せるかもしれない。
「……実は泉からは口止めされててよ、ヒーローの親友ってヴィランに狙われやすくなるんだろ? あいつはそれが嫌なんだとさ」
目の前にそのヴィランがいるんだよ、とは言えず。たしかにヒーローの本気を引き出すために、親友や身内を誘拐するのはヴィランの常套句だ。多分今俺がこいつを誘拐したとしても、半殺しにされるだけだから俺は絶対にやらないが。
「…それなのになんで俺に話したんだ?」
「……誰かに言いたいじゃん。俺はフレイムバスター八巻泉の親友だー!!って。大声でさ、自慢したいじゃん。そこで、お前なら、なんか地味そうな顔してるし、言う相手もいないんだろうなって思って」
さらっと失礼なことを言われた気がするが、これが多分変装の賜物なのだろう。眼鏡のことだ、決して俺の素顔の話じゃない。……多分。
「……わかるよ、その気持ち」
「マジか!?」
「俺も昔、似たような状況になったことあるんだ」
それはヴィランになりたてのころの話だ。ヒーローとヴィランのマッチポンプの関係を教えられた俺は、なんだか裏切られた気持ちになった。昔は俺も純粋にヒーローが好きだったし。その信じてたものがズタズタになって、弟のために好きなものを裏切ってでも敵対しようという覚悟を嘲笑われた気がして。だからそのことを世間にぶちまけてやりたいってヴィランの施設を飛び出したことがあるのだ。結局誰にも言えずに、3日くらい放浪して施設に戻ったけれど。
だから、そいつの言っていることは、なんとなくわかる気がした。
「そうかそうか……やっぱヒーローの親友って辛いよな……」
自分の境遇と重ね合わせているのか、少し涙ぐみながらうんうんと頷く。何か勘違いされているようだが、とりあえず話を合わせるために俺も軽く頷いた。すると、大きく目を見開き、俺の両肩をバシバシと叩いてくる。ちょっと痛い。こいつはオーバーな性格なのかもしれない。
「よし! 今日から俺とお前は秘密を共有した秘密友達だ! 略してヒミトモ!」
「ひ、ひみとも……」
「だから俺が困ったときは絶対助けろよな。俺、六車陸よろしく!」
「円健也、よろしく」
「ってわけで、今から泉と俺の秘密基地に行くんだけど、ヒミトモのケンちゃんも一緒に来る?」
「い、行く!!」
その提案に一も二もなくのった俺は、急いでうどんの残りを流し込んだ。もうトレーを返して学食を出ようとする背中を慌てて追いかける。変なやつだが、フレイムバスターに近い人間と知り合いになれたのは上々ではないだろうか。
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