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一昨日、彼女ができた。突然「ちひろくん、わたしの彼になって」と、迫られたのだ。
妻のいる身で安易に受け入れるのもどうかと形ばかり渋ってみたが、結局は押し切られてしまった。――そう、俺は彼女に弱い。それをわかっているから、彼女は俺に対してとても強気だ。普段は人見知りだし、大人しいと言われているのに。
妻にはまだ気づかれていないと思う。妻は気が強く、母親みたいにアレコレガミガミ言う。こっちだって仕事で疲れているのに。最近の俺に対する扱いにはいささか辟易していた。だから一つくらい秘密があったっていいと思ったのだ。
今日、妻がママ友とランチをする間に、彼女とデートをする約束をしている。
ベルーガを見るのだ。二人で水族館に行かないかと言ったら、彼女は無邪気に喜んでいた。混んでいるし疲れるから行きたくないなんていう妻とは大違いだ。スタジアム型の巨大プールで行われるイルカショーも、きっと喜んでくれるに違いない。
昨日のうちに、彼女に相応しいふわっとした春色のドレスもこっそり買っておいた。水族館のチケットとドレスは、俺の少ない小遣いにはかなりの痛手だけれど、彼女が喜んでくれるなら安いもんだ。
さあ、妻よ。早く、美容室に行くんだ。ママ友と楽しいひと時でも過ごしてくるがいい。
つい口元に浮かんでしまう笑みを堪えて、妻に話しかける。
「なあ、そろそろ行かないと間に合わないんじゃないか。食事の片付けは俺がやっておくから、もう行ったら」
キッチンで朝食の食器を片付けようとしていた妻が顔を上げ、時計を見た。
「もうこんな時間? 早く準備をしなきゃ。じゃああとはお願い。お昼のご飯代とか机の上に置いておくから、あの子のこと頼んだわよ」
気を良くしたのか妻は外食代をくれるらしい。
しめしめと俺はほくそ笑んだ。
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