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夕方妻が帰宅した。
「なあに、不貞腐れた顔をして。水族館デートは楽しくなかったの?」
ぎょっとした。なぜ妻にばれているんだろうか。
「行ってないよ。水族館なんて」
「ああ、内緒だったんだっけ。明日パパと水族館デートしてあげるんだって莉子が言ってたのよ。だからお金を多めに置いておいたでしょ」
絶対にママには内緒にしてと言っていたのにどういうことだ。
「きっとパパが可愛いドレスを買ってあげたから、彼氏に見せたくなったのね。全く莉子ったらまだ年長さんの癖にませているんだから。誰に似たのかしら」
「え、彼氏って?」
彼は俺だろうと思いながらも、なんだか嫌な予感がした。
「知らなかったの? 莉子、近くのマンションに住んでいる陸人くんとこの前から付き合っているんだって。あ、これも内緒だったかも」
こうして俺の彼女は、たった三日でいなくなってしまった。
「陸人、HAMMERの自転車になんか乗ってたぞ。補助輪付きの癖に」
「何それ。やきもち?」
クスクスと妻は笑う。
「別にそんなんじゃないけどさ。あいつ好きじゃないんだよ」
「そうは言っても、莉子は好きなんだから仕方ないでしょう。ね、水族館のチケットってもう買っちゃった?」
「ああ、……うん」
「今度うちの両親がこっちに来るって言っていたでしょ」
「そうだったっけ」
「そうだったっけじゃないわよ。来週の日曜に来るの。で、莉子をアイスショーに連れて行ってくれるんだって。だから、ふたりで一緒に行かない?」
「俺らもアイスショーに?」
「違う。たまにはふたりきりで水族館デートをしようと言っているの」
デート。莉子が生まれてから、そういえば、ふたりでまともに出かけたことなかったな。
「いいね。行こうか。あ、でも俺、小遣いもう全然ないから、デートらしいことはできないんだけど、ごめん」
「私はデートの度に新しいワンピースをねだったりしないから安心して。ね、ちひろくん。来週はわたしの彼になって」
クスッと笑いながら、妻は莉子の真似をして言った。
本当になんでも筒抜けなんだな。
「莉子には内緒ね。アイスショーに行きたくないとか言い出すと困るから」
「あ、うん。そうだな」
昔みたいに名前で呼ばれて少しときめいてしまったなんて言ったら、君はパパは本当に単純なんだからと笑うんだろうな。
だけど、単純な俺は思ったんだ。今度ボーナスが入ったら、妻にワンピースを買おうって。
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