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「はい。こちら119番です。火事ですか?救急ですか?」
「救急です」
「状況をお知らせください」
電話口の男性を前に、私は張り裂けそうな胸を押さえながら現状を伝える。
落ち着かないといけない……。
落ち着かないといけないんだ…………。
自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、手元はブルブルと震え、足はガクガクと動き、そして心臓はバクバクと音をさらに強くしていく。私の行動ひとつで助かる命が助からないかもしれないのだ。失敗は、許されない。
「患者は当ホテルのお、お客様で、ご年配の男性の方です。現在ええと、あの、その…………」
話さないといけないことが沢山ありすぎる。でも、頭の中に浮かんでくる言葉は少なすぎる。私は口ごもってしまった。
「落ち着いてください。今、意識はありますか?呼吸や脈拍はどうですか?」
男性の声が聞こえたところで、私は我に返る。
「あ、すみません。今大声で呼んでも意識がない状態です。先輩が今、AEDの準備を別のベルボーイに指示したところです」
「患者さんがいる場所を詳しく教えてください」
「ホテル・ローヤルガーネットです。谷口六丁目交差点を左折するとすぐです。今、お客様はロビーにいらっしゃいます」
「わかりました。すぐに救急車を向かわせます。そのままお待ちください」
「よろしくお願いします」
私は通話終了のボタンを押した。
救急車が到着するまでの平均時間は8分から9分ほどと聞く。
1分でも早く来て!
1秒でも早く来て!!
私は祈るようにして救急車の到着を待った。
5分少々という僅かな時間が数時間にも感じた。ようやく私の耳にサイレンの音が聞こえ始めた。
ーーもうすぐだわ……。
私の目もとから緊張のあまり涙が零れてきそうになっていた。サイレンの音は少しずつ、少しずつ大きくなってきて、ついにはホテルの玄関前に真っ白な救急車が到着した。
ーー良かった。来てくれた!
救急車の中から何人もの救急隊員が飛び出し、担架を担ぎ出した。
「患者さんはロビーにいるんですよね?ロビーに案内してください」
「はい。こちらです」
私はそう告げると、玄関の方へと駆け足で進んでいった。
私は安堵した。
プロの救急隊員の方々が来てくれた。
これで助かる。
これで、崎村様は助かるんだ。
家族水入らずの崎村様の家族旅行が、悲しい結末を迎えずに済むんだ……!!
自動ドアが開く。ロビーへと駆け込んだ私は救急隊員の到着を知らせるべく、大声で叫んだ。
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