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ステテコの男
「誰?」
「お前こそよ。誰だ」
こいつは誰だ?
下校して帰宅した家の門扉の前の石段に、見知らぬ30歳位の男が座り込んでいたのだ。
誰だ、とはお言葉だ、ふざけんな、俺んちだ。
「この家はさ、建て替えたんだな」
「は?」
「ここ」
「何言ってんだよ。俺が生まれた時からこの家だぜ。築20年」
「築20年」
「ああ。お前誰だよ。そこどいてくれ、家に入れねえ。警察呼ぶぞ」
「そりゃ困る」
俺は、小田誠一郎。
漁港の近くの町に住む中学三年生だ。
夏休み前の最後の日、終業式を終えた俺は、見るも無残な通知表を親に何と言って渡そうか考えてむしゃくしゃしていた。
「困るじゃねえよ。誰だか知らねえが、早くどいてくれ」
「帰るとこなんか他にねえ。ここが俺んちだ」
「は?!」
むしゃくしゃしているところにむしゃくしゃする男。
殴ってやろうかと思ったが、ここは家の前だ。面倒は困る。
俺は座り込んでいるそいつを観察した。
白いランニングシャツに白いステテコ。それがびしょびしょ。
茶色い便所サンダル。
細い顔に伸びた顎。
頭はリーゼントというのかこれは?だっせえ。
「口も態度も悪いのは俺に似たんだな」
「は?」
「まず教えてくれ。今はいつだ?」
「あ?馬鹿かお前は」
「馬鹿かどうかはあとで判断しろ。いつだ?」
「夏だ」
「知ってる。こんな暑い冬があるか。馬鹿はお前だ。そんなことが聞きたいんじゃねえ。今は昭和何年だ?」
「昭和?」
「ああ」
「昭和じゃねえよ」
「やっぱ。昭和、終ってたか。それじゃ、今の年号は?」
「今は令和。令和3年」
「昭和が終わって3年経ったのか」
「違う違う。その間に平成がはさまってる。平成は31年あった」
「ああ」
男は、急に呆然とした顔になり宙を見つめた。
相手が馬鹿なのは仕方なかったが、俺は少し気の毒になった。
「なあ。早く自分の家に帰れよ」
「ここが俺の家だ」
「警察呼ぶよ。マジ」
「お前は、豊の息子か?」
小田豊は俺の親父だ。
「なんでそんなこと知ってんだよ」
「あのな」
「ああ」
「お前は俺の孫だ。多分」
俺は咄嗟に、仏壇の上に掛かっている祖父の写真を思い出した。
若いころ、釣りに出たまま行方知れずになった俺の知らない祖父。
この粋がったリーゼント。伸びた顎。
そっくり。
「俺は、小田清三だ。お前のじいちゃんだ」
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