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夜明け
浴室から出た頃にはすでに空が明るくなっていて。
眠るのには遅すぎるからとワイシャツを手に取ろうとしたとき、奏多さんに後ろから抱きしめられて着替えを続けられなくなった。
「今日は休んだら?久しぶりにした日の次の日に徹夜明けで働くなんて、志真の身体が心配だ。」
耳元で囁かれた甘い声に、小さく肩が跳ねる。
でも、彼の言っていることは少しおかしい。
「その言葉、ブーメランですよ。奏多さんは今から仕事の準備をしに家に帰るんでしょう?それに、所長が当日欠勤を推すなんて聞いたことありません。」
すこし拗ねた声で問い返せば、くるりと身体を彼の方へ向かされた。
そのまま今度は前から抱きしめられて、昨晩の行為を思い出させるような手つきに腰を撫でられる。
背筋から爪先までを甘くぞくりとした刺激が巡り、意図せず高い声が漏れた。
そんな俺の反応を予想通りだとでも言うように不敵に笑うから、この人は本当にずるい。
「所長としてじゃなくて、パートナーとして言ってる。」
collarの下にある首筋を、弄ぶようにそっと人差し指でなぞられて、また声が漏れた。
多分俺をふわふわと甘い気分にさせてそのまま寝かしつけるつもりなのだろう。
昔はその策略に嵌められて頻繁に家事の手伝いをさぼってしまったけれど、今の俺にとっては逆効果だ。
離れるのが寂しいから、眠るよりも一緒にいたいと思ってしまう。
「……じゃあ、俺もパートナーとして言います。仕事でもいいから少しでも一緒にいたいし、家で1人残されても奏多さんのことを考えてしまって寝れる気がしません。仕事をしていた方が気が紛れてずっといいです。…あの、どうかしましたか?」
どういうわけか、言っている途中で突然抱きしめる力が強くなって。
「……あんまり可愛いこと言うから志真と離れたくなくなった。これじゃ仕事の準備に帰れない。責任とって。」
綿菓子のように甘い台詞が平然と降ってきた。
「かわっ、…いくはないですけど、じゃあ、すぐに着替えて奏多さんの家に同行します。」
「……結局、仕事には行くの?」
「もちろんです。それで、終わったら奏多さんの家で一緒に寝ます。」
何となく思いついた俺の願望を、奏多さんは嬉しそうに笑う。
「名案だね。じゃあ定時に終わらなきゃ。デスク作業は僕にもできるし、代わるよ。」
あっさりと受け入れられて、さらに仕事が楽になるおまけまでついてきてしまった。
「甘やかしすぎですよ。」
「恋人を甘やかして何が悪いの?」
「だめになります。」
「志真がだめになったら僕が養うから問題ないね。」
「……。」
どう返しても余計に甘い言葉になって返ってくる気がしたから、結局諦めて口を噤む。
とりあえず、まずは着替えなくてはならない。
それからは急いで着替えて奏多さんの車に乗った。
ちなみに助手席でぐっすりと眠ってしまったのは、反省はしているけれど不可抗力だったと思う。
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