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オフィスの駐車場まで来ると、奏多さんは鍵に手をかけながら難しい表情を浮かべ始めた。
「どうかしましたか?」
「うん。…一緒に行くべきか、別々に行くべきかで迷ってる。」
……なるほど。
よく考えてみれば奏多さんと俺の出勤時間はいつもバラバラで、一緒に出社したら全員に何か勘付かれるだろう。
けれど、椎名さんは多分事情を知っているし、今の俺たちはもう周りに隠すような関係でもない。
それに多分俺がcollarをつけているからすぐにばれそうだ。
「一緒に行きましょう。」
「いいの…?」
驚いたように切れ長の瞳が見開かれている。
飴をもらった子供みたいな喜び方をするものだから、なんだかおかしくて笑みが溢れた。
“いいの?”って、だめなわけがないのに。
「むしろ奏多さんはいいんですか?俺、貴方が俺のパートナーなんだって堂々と自慢しちゃいますよ。こんなに格好良くて、優しくて、素敵なDomが。」
少しおどけてみせる。
目の前の彼が笑ってくれたから、言って良かったと思った。
「褒めすぎだよ。君こそ綺麗で芯が強くて優しくて、僕には勿体無いほど素敵な人だ。」
「……褒めすぎ、は俺の台詞です。」
「本心だよ。」
何を言ってもすぐに返り討ちを食らってしまう。
顔が火照って治らない。
これからずっとこの人といて、俺の心臓は持つのだろうか。
そんな浮ついた疑問を昨日から幾度となく浮かべている。
つまり、幸せだということだ。
「と、りあえず、行きましょう。」
「そうだね。」
動揺していることを誤魔化すように車から降り、ビルに入る。
そのまま無言でエレベーターに乗り、ボタンを押した。
……そういえば、みんなどんな反応をするんだろう。特に椎名さんは、たくさん協力してくれたけれど奏多さんを好きだった人だし、もしかしたらすごく嫌な思いをさせてしまったりして。
職場が近づくにつれ、少しずつ不安が胸の内で大きくなっていく。
それでも時間が止まってくれることなどはもちろんなくて、あっという間にオフィスのドアの前まで来てしまった。
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