ひたすら進め

　部屋でゴロゴロしてると、ノックの音が聞えた。

　「はーいどうぞ」

　「失礼しますね」

　珍しく静流お兄さん一人で「悠月はいないけど？一緒じゃないの？」と聞くと、

　「えぇ少し用事を済ませてます」

　と滑るように部屋に入ってくる。

　「そうなんだ。それで静流お兄さんはおれになんの用？」

　「……少し話がしたかったんですけど、でも那岐くんには回りくどい話は必要ないですね。君は、何をするつもりですか？」

　「…何をって囮だろ？」

　「その後の事を聞いてます」

　「聞いたら止める？」

　「いいえ」

　「なら聞く必要なくない？」

　「それを実行すれば、君はもう悠月様とは居られませんよ」

　「なんで？」

　だって邪魔なヤツ消すのに、なんで一緒に居られなくなるの？

　「…悠月様が墜ちる那岐くんのストッパーになると思っていましたが、逆効果なるとは思いませんでしたね」

　残念です、と静流お兄さんの口からそんな言葉が紡がれる。

　「なんで残念なの？とっくに墜ちきった静流お兄さんは傍にいれるのに、なんでおれは居れないの？今度はお兄さんが邪魔するから？」

　「貴方と私では立場が違います」

　「立場ってなに？ヤクザか一般人かどうかって事？ヤクザなら悠月と一緒にいれるの？」

　「…悠月様は那岐くんがヤクザになる事を望んでませんよ？」

　「むぅ…そんなの静流お兄さんだけズルい」

　ヤクザだから一緒にいれる静流お兄さんと、一般人である事を望まれる自分。

　「ですから、実行しなきゃいいんですよ」

　「さっき止めないって言ったのに」

　「えぇ。止めません。ただの提案です」

　「おれ悠月の役に立ちたいんだもん…」

　「那岐くんが出来る事は、墜ちる事なく悠月様の傍に居続ける事ですよ」

　「…でもそれって難しいじゃん」

　「一度でも覗いてしまえば抗うのは難しいでしょう。でも悠月様の為に墜ちるのではなく、踏み止まって下さい。愛してるんでしょう？」

　「おれは悠月を愛してるよ」

　「その言葉を最後に必ず思い出して下さい。では失礼しますね」

　「静流お兄さん、ちょっと変わったね？」

　こんな風に忠告してくれるなんて思わなかったし。

　出て行こうとする静流お兄さんの背中に問いかければ、ピタッと足を止めて振り返った。

　「…今少しだけ…後悔してます」

　「後悔…？」

　「私にも守りたい人が出来たんです」

　「それが後悔なの？」

　「いいえ。その人まで墜としてしまった事を、です」

　そう言って微かに笑った静流お兄さんの顔は、今にも泣いてしまいそうに見えてそれ以上何も言えなかった。

　部屋を出て行った静流お兄さんの顔が、何度も何度も目の前にチラつく。

　二人で墜ちたら、それはそれで幸せなんじゃないの？

　「あー分かんねぇな…」

　けどちょっとだけ頭冷えたかも。

　悠月を不幸にしない。二人で幸せになる。あの男は邪魔。でもおれが殺したら一緒に居られない。

　「…そっか、他のヤツに殺して貰えばいいのか」

　ナイスアイデアじゃん。あースッキリした。

　……ん？そういや静流お兄さん守りたい人が出来たって言ってた！？

　え、誰？太一？和真？

　「めっちゃ知りたいんだけどーー！」

　「那岐斗、何叫んでんだ？」

　「あっ、悠月っ静流お兄さんの恋人って誰っ！？」

　「恋人…あぁあれな」

　「だから誰っ！？」

　「アレだ。お前が拾ってきたヤツ。名前は知らん」

　「は…嘘、アイツなの？」

　趣味悪くなーい？んん？てかアイツ元から墜ちてなかった？あれ以上に墜ちるってどういう事！？もっとヤバいヤツに成ってんの？

　「エグっ」

　「何言ってんだお前…」

　悠月の訝しげな目をスルーして、おれはもう会いたくねぇな、なんて考えてた。