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「も‥う勘弁して‥くれぇっ」
悲鳴混じりの懇願する男の声が、薄暗い路地裏に反響する。
「頼‥むっ、悪かっ…た、止めて…」
辺りからは数人の荒い呼吸音と呻き声。
嘆願する男を見下ろすのは、若くまだ少年に見える男。
両拳を血に染め、ランランと目を輝かせて、血飛沫が付着した口元に薄い笑みを浮かべていた。
「イヤだね。なぁどこがいい?足?腕?顔面は‥もう殴るとこ無さそうだしいいか。やっぱ足かなぁ」
クスクスと楽しげに嗤いながら、藻掻く様に這いずる男の髪を掴み上げて、地面に叩き付けた。
「ぐぁっ!た、助け‥頼、む‥」
「あ、また顔面イッちゃった。ゴメンゴメン、足だったな」
ゆっくりと狙いを定めるように足を振り上げ、男の膝を狙って振り下ろした…筈だった。
「…うぉっ!?」
振り下ろした筈のおれの足は、いつの間にか隣に立ってた男の手のひらで防がれ、片足を掴まれたまま間抜けな格好でその男を睨みつけた。
「誰?」
「それぐらいにしとけ。葛城、応援呼んでソイツら連れてけ」
「はい」
おれの質問に答えない男は、おれの足を掴んだまま、後ろに立ってた男に指示を出す。
「だから誰?ていうか、おれの足離せよ」
実際は振り払おうとしてる足は男の手に掴まれてビクともしない。
ムカつくけど、それを顔に出すのは癪に障る。
「…あぁ。お前、鶏ガラみたいな足してんな」
「はぁっ!?」
手を離した後、男はおれの足を鶏ガラ呼ばわりしてクツリと笑った。
ムカつく…。殴りてぇけど、コイツとやり合っちゃダメだって分かる。背筋がゾクゾクするもんな。
「クソガキ、お前やり過ぎなの分かってんのか?」
紫煙を燻らせながら、目を眇めておれを見下ろす男は、呆れ混じりではあるけど、さっきまでとは違う冷たい空気を纏っていた。
「やり過ぎ?何言ってんだよアンタ。おれ一人にソイツら6人もいるじゃん。おれは命の危機を感じて防衛しただけ。これって正当防衛じゃねぇ?」
「過剰防衛だ。お前さっき膝狙っただろ。膝砕けて歩けなくなったら、お前責任取れんのか?」
「責任?喧嘩両成敗ってやつでしょ?おれはまだ子供だし、ソッチは大人でしかも多数だし?」
「ガキが取れねぇ責任は親が取るんだよ。お前は鑑別入ってようが慰謝料は親が払う。てめぇのケツも拭けねぇガキがほざいてんじゃねぇぞ」
ゆらり、と陽炎みたいに男の纏う空気が変わった。さっきよりもっと冷たくて凍りつくみたいに…。
…やっべぇな、ちょっと怒ってるっポイ?
だからって引きはしねぇけどさ。
「ハッ、慰謝料ねぇ‥いいんじゃね、払わせちゃえば?さっきのオッサンに伝えてよ。うちの親にたっぷり請求しろよって」
「は‥?」
「は、じゃなくてさ、親に請求すんだろ?だからどうぞって言ってんの」
「お前っ」
「んじゃ、お兄さんまたね」
「おいっ!」
男の呼び掛けを無視して、ヒラリ手を振るとおれはその場から逃げ出した。
だってあれは本職だ。
極道でもヤクザでも呼び方は何でもいいけど、おれみたいなガキは一瞬でヤラれちまう。
そんなの勿体無いじゃん。
だってあんな強そうなの初めて会ったし。
喧嘩が強いとかそう言うんじゃなくてさ、纏う空気がゾクゾクする。
多分、調べられたら速攻で身バレするだろうな。
「絶対、人殺した事あんだろうなぁ…」
また会えるかな?会えるといいなぁ…。
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