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始めに
もう長い事は無さそうだから、お前の旦那の参考になるなら、話しておく…。父さんがそんな事を言い始めた。芝居の道化役を専門にした父が、あの人を呼んで欲しいと言う。急いで芝居小屋にむかうと、次の幕迄あの人の丁度手が空いた所だった。
「お義父さんが?何か書くものを持って来いって?」
あの人がぱたぱたと慌ただしく、紙を用意して…思わぬ帰りじたくに周りは何やら白い目、私はあれこれ訳を話して、頭を下げ回った。いいご身分だなどの陰口を背にそそくさと芝居小屋を後にしていた。
その頃はもう、蒲団から起き上がれるまで回復したお父っあんが、長屋で待っていた。
「すまねーな、こうでもなきゃ…話せないんだよ。彼処じゃ誰が聞いてるかわかりゃしないだろう?墓場まで持って行った処で、いい話でも無いしな?誰かの役に少しばかし立てばいいんだ。俺が若い頃、曰く付きの長屋を共同で借りた話は知っているよな?」
そんな口調でお義父さんの話は始まった。次の幕迄、勿論戻るつもりは無い…女房の機転で喧嘩沙汰を避けたのだった。
芝居小屋とは、いろんなものが渦をまく場所でもある。
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