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3
「うわぁ、本当に広なったなぁ。玄関ドアが2つ並んでるんも変わっとってええわ」
「せやろ。2つの部屋が1つになったんやさかい、靴かて土間に倍は置けるで。それにな。残った壁かて塗り直したんやで。これで若い何とかいう者らに人気が出るやろ」
「意識高い系の自称アーティストやな。絵とか音楽とか……そやなぁ。小説とかを書いてる手合いも入居したいって来るかもしれん。なんせ芸術系っちゅう人らは他とは違う小洒落たもんが大好っきゃから」
「さよか。小洒落たもんが大好きなんかいな」と、お婆ちゃんは嬉しそうに目を細めた。「まぁ、家賃は安ぅしたあるんやから、敷金と礼金だけは最初にぎょうさん貰うで」
「それで、早よ出てってくれたら、また人生を舐め切っとる次の意識高い系に敷金と礼金を貰えるから、ぼろ儲けやな」
「人聞きの悪いこと言いなさんな。敷金だけは半分は返すんやから、ぼろ儲けにはならへん。そこそこの儲けや」
「せやけど」わたしは声のトーンを落とした。「また部屋で自殺でもされたら、どないする? 意識高い系は自意識だけは通天閣より高いけど、心がすぐに折れるみたいやで。爪楊枝の方が丈夫なくらいやて言うしなぁ」
「そら、困る。そないなことされたら事故物件になってまう。また格安にして誰ぞに中継ぎで、しばらく入ってもらわなあかんようになってしまうがな……」
お婆ちゃんの言葉を聞いて、わたしは声をあげて笑った。
「わたしみたいに何も知らんと居着いてしもたら?」
「そら、簡単や。あんときの椎ちゃんみたいに、別の部屋に入り直してもらうわ」
「うわっ。悪やなぁ、お婆ちゃん。あの部屋は広うて陽当たりも良かったから、けっこう気に入ってたのに」
「何を言うてんねんな。世の中は世知辛いもんなんや。それに第一、あんたからは敷金も礼金も取らへんかったやろ」
「それは、そうやったけど、告知はなかったで」
「もう昔の話やないの。さぁ、仕事や仕事。お金を持ってはる神様をお迎えする準備をしとかんとなぁ」
そう言うと、お婆ちゃんは割烹着のポケットからスマホを取り出すと、慣れない手つきで部屋へ向けた。
「宣伝用のホームページの写真やろ。わたしが撮ったろか?」
「大丈夫や、私が撮る」
「何でも自分でしたいのはわかるけど、お婆ちゃんが買うたんは最新機種やろ。難しいから、わたしが撮ったげるって」
「ちゃんと出来る」
年寄りは総じて頑固だ。
あれやこれやと苦労していたお婆ちゃんのスマホからシャッター音がやっと鳴った。「よっしゃ。ええっと、次はどれやったかいな」と撮った写真を見るために、またもやスマホと格闘していたお婆ちゃんが声をあげた。
「あ~ぁ、なんやこれ?」
「どないしたん。またスマホがブレたんやろ?」釣られたわたしはお婆ちゃんの手の中を覗き込んだ。「うわぁ、こら酷いわ」
お婆ちゃんが溜息をついた。
「今日は、もうええわ」
「せやなぁ」
「椎ちゃん、お昼ご飯食べよか?」落ち込んだ気持ちを振り払うようにお婆ちゃんが声をあげた。「今日は私が美味しいもん奢ったろ」
「えっ、本当に?」
「喫茶店の定食にしょうか?」
「やった。ごっそぅさん!」わたしは歓声を上げた。
「せやけど、ミックスグリルだけはあかんで。あれはあかん」
「なんでなん?」
「ミックスは850円もしょうるやないの。高い。しょうが焼き定食にしとき」
「ケチやなぁ」
*
しっかり者のお婆ちゃんがタダで奢ってくれるわけはない。
わたしは喫茶店への道すがら、お婆ちゃんから渡されたスマホで、さっきの写真を呼び出した。画像に写る新しくなった部屋の中には、頭が左右にぱっくり割れて血まみれになった女と、異様に首が長く伸びた首吊り男が、こちらを見つめていた。
わたしは画像処理アプリを呼び出すと、新しい神様をお迎えするために、古い神様の画像を消しはじめた。
了
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