蠢くものたち

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雨にけぶる街角で、男はシャッターを下ろした店の軒下に佇んでいた。 小太りの体にまとったコートの襟を立て、夜空に白く昇る息さえ潜めて眩い街を行き交う人影のひとつひとつに一見気怠げな眼を凝らし、気配を探る。 先程から騒々しかった1ブロック先のアーケード街入口では、長身の二枚目が口説きに成功したらしく、通りすがりの女の肩を抱いて路地に消えるのが見えた。最近流行り出した麻薬チップで危ない遊びでも始めるのだろう。 ここも不発か――そう諦めかけた時だ。 「久しぶりだな、リン」 「……!」 背後の暗がりからかけられた小声に男の顔は一瞬強張り、じきにそっと不敵な微笑を浮かべた。 「久しぶりだね、ケイゴ」 「よりによってこんな天気だ。お前、雨男か」 「僕のせいじゃない」 リンはするりと暗がりに入り、声の主と対峙した。 通りから差し込むさまざまな色の明かりに照らされたのはMA-1ジャケットとTシャツ、ジーンズというよくある格好をした中肉中背の禿げた欧米人だ。 その男が、ニヤつきながら懐かしい声を吐く。 「本人と真逆の分身設定(アヴァター)なんざ、ベタ中のベタだぜ」 「あんたもな。もしかして、頭は現実と一緒?」 「いや。変わらずふさふさだ」 実にくだらないやり取りを経て、 「何で、ここがわかった」 「何となくな。勘さ」 「この世に数多存在する仮想空間(ヴァース)で、僕の居場所を探り当ててくるのは『何となく』できる真似じゃないと思うけど」 どうやったと暗に問うも、欧米人の姿をしたかつての同僚はただ肩をすくめただけだった。
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