口寄せ見習い

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口寄せ見習い

「気持ち良さそうに寝やがって、──チューでもしちゃうかな」  私はこれまでにない悪寒を感じて目を開いた。すると三角頭巾を頭に付けた彫りの深い濃いめのイケメン男が口を尖らせながらゆっくり近づいて来ていた。 「うぎゃー!」  あまりにも驚き過ぎて無意識にその男の左テンプルを殴っていた。 「痛っ! 痛いな~ 昼寝を邪魔されたくらいで殴らなくてもいいじゃないか。生身の人間だったら大ダメージだぞ」 「何!?、何! 何!」  ナニ? この男。 「いや、寝顔が可愛くてついつい」 「ついついじゃないわよ、──あなた誰?」 「俺か? 俺は美作(みまさか)俊介って言うんだ」 「……」  落ち着け、私はこんな事で動揺したりしない女だ。  とりあえず状況を整理しよう。  まずこの男は何者だろう?   三角頭巾を頭に付けているが霊か? 生きた人間か?  さっきのはどうみてもキスをしようとしていたみたいだけど何かの儀式か? 「ねえ、聞いていますか~ お嬢さ~ン」  この男、私の頭をポンポン、ポンポンと。 「私に触らないで!」 「だって急に動かなくなるからさ」  私は腕を組み、そして一呼吸して続けた。 「──あなた、どこから湧いたのかしら?」  私がそお言うと彼は頭を掻きながら答えた。   「ちょっとした上の方から降りて来たんだ」 「それは霊的な何かと言いたいのかしら」 「その通りだな」 「──それなら納得できるわね」 「納得できるんかい!」   彼の突っ込みはなかなか気持ちが良い。 「おまえ、変わった奴だな」 「あなたほどでもないわよ」 「……しかし何でかな、俺の姿は普通見えないはずなんだよ。それに触る事なんて絶対に不可能なんだ」 「それは、──それは私が口寄せ見習いだからかもしれないわね」 「口寄せ見習い? 初めて聞く職業だな。今まで俺の姿を見る事が出来たのは巨乳占い師やエロ魔術師、貧乳巫女とかだったけど、ゴスロリ風の口寄せ見習いも俺の事を見ることができるんだな」 「そんな事はどうでもいいのよ、それでその美作さんが何をしに私の所へ出てきたのかしら?」 「ん~ え~ っと、あっ! あったあった。あの人形の前にロウソクとお供え物が置いてあるから来たんだよ」  8月13日の今日は私が大好きなアニメ、超時空魔法少女ミルキークラッシュの主人公、ミルキー・マカロフ・徳永の誕生日なのだ。なのでフィギアの前にケーキをお供えしてローソクに火を灯している。 「この時期に象徴物の前にお供え物を置いてロウソクを立てたら俺たちみたいなのが来ちゃうわなハハハ」  私は彼を斜め下から睨み上げた。 「突っ込みどころ満載なんですけど!」 「そんなに睨まなくてもいいじゃないか、もっとフレンドリーな感じにできないかな~」  彼の喋りを聞いていると段々イライラしてきた。 「どうして全く関係の無いあなたがやってくるのかしら? このお供え物の状況からしたら普通ミルキー・マカロフ・徳永がやって来るでしょ。──まあアニメの主人公なので実際には来ないとは思うけど」 「それは今日からお盆だから、それで俺が来たんだ」 「語るに落ちたわね。それなら先祖の霊が来るのではないかしら」 「ん~ それな、日本人の大半が誤解していると思うのだけど。そもそもお盆に自分の先祖の霊が帰ってくるとか言う風習な、アレ俺たちの認識とかなり違うんだわ」 「……」 「ぶっちゃけて言うとお盆って言うのはな、日本人の死者の霊の中からランダムに選ばれた奴が降りて来て美味しい物、まあお供え物などをたらふく食べて満足したら帰る行事なんだよ。それからな、ついでなんで語るけど迎え火で来て送り火で帰るとか言う風習なんだけどな、あれも少し違うんだ。この時期に、象徴物、ロウソク、お供え物がそろった時点で誰か来るし、来たら来たで食ったらほとんどの霊が即行で帰るんだよ。だから迎え火とか送り火は不要なんだ」  何だか知らなくてよい情報まで教えてもらった。 「状況はなんとなく理解できたわ。納得はできませんけどね」  臭そうなおっさんの霊が来なくて良かったとは思う。 「では、そう言うことで早速ご相伴にあずかるかな。お供え物のケーキを食べて良いだろ?」 「ダメよ! それはミルキーの分だからあげられないわ」 「え~っ! それじゃ何か別の物くれよ」 「そうね、今出せるのはカップ麺だけかしら。ちょうど食器棚の引き出しの奥に落ちて取れなくなったのが1個あるのよ」 「何でも良いから食わしてくれよ、腹減って死にそうなんだよ」  もう死んでいるじゃない! と突っ込みそうになったが思い止まった。 「ちょっと待ってなさい」  私は食器棚の一番下にある3分の2しか入りきれていない引き出しを手前に引き出して中に手を伸ばした。 「ウ~ん、狭くて、取れなくて、どうにもならないわね」  横目で彼の方をチラ見して困っている感をアピールをした。 「そんな無理にカップ麺じゃなくても、……あ~っ、モ~しょうがないな、俺が取ってやるよ」 「そお、それじゃお願いするわ」  この(ひと)、なかなか優しい。 「う~んっ! 取れた取れた」 「ご苦労様。でもあなたが食べる分をあなたが取っただけなのだから私はお礼なんか言わないわよ」 「お嬢ちゃん屈折してるな~」 「お嬢ちゃん言わないで」 「それにしてもこの引き出しの構造上後ろに落ちるはずないのにどうして落とすかな」 「世の中ってそんなものよ」  引き出しが閉まらなかったのが解消されて私はスッキリした。 「、何語だコレ? ──フムフム、ふ~ん、トンコツ味か」  最近復刻販売されたカップ麺で話題になっていたので通販で買ってみたのだが、期待通り超美味しかったので再購入した。だが異国語のような名称は解せなので勝手に呼び名を変えている。 「あなたが感じた通り何語か分からない商品名だし意味も分からないのよ。なのでと私は言い換えて呼んでいるわ」 「おまえ失礼な奴だな、商品名の意味が分からないからって勝手に呼び名を変えるなよ。これを開発した奴らは悩みに悩んでこの名に到達したんだぞ」 「何だか熱いわね」 「まあな、俺も生前商品開発の仕事をしてたから苦労が分かるんだよ」 「そお、でもあなたの苦労話を聞いたからと言って私の考えは変わらないわ。食べてみれば私の言った呼び名の正当性が証明されるはずよ」 「分かった、早く食べて判断するわ」 「そうね、そうしてちょうだい」  彼はカップ麺のビニールを剥がして蓋を半分開けた。 「ん~ こいつは3分待ちのやつか」 「違うわ! お湯を入れて2分よ」 「いやいや3分って書いてあるだろ」 「ダメよ、それじゃ食べさせるわけにはいかないわ」 「変な所で頑固だな。──分ったよ、お湯を入れて2分な」 「そうね、そしてお湯は少な目にしなさい、それで完璧よ」 「へいへい」  彼が電気ケトルからお湯を注いだので私はストップウォッチで計測した。 「今よ! 今すぐ食べなさい。3分以内で食べきるのよ」 「せわしない奴だな。──それじゃいただきます」  彼がズズッと麺をすすると、揺れた麺から起こった気流がトンコツ臭を巻き込んで私の鼻孔に流れて来た。私はその臭いに我慢できなくなりキッチンの上の戸棚から同じカップ麺を出してお湯を注いだ。”なんだ、引き出しの後ろから拾わなくてもあるじゃん” みたいな顔をして彼がラーメンをすすりながら私の方を見ている。 「それじゃ私もいただくはね」 「早! 1分半くらいしか経ってないだろ」 「私はプロだからこれで良いのよ」  二人そろってラーメンをすすると部屋中にトンコツ臭が(こも)った。そして汁を飲み干して同時にハァ~ をした。 「うんうん、マジで美味しかったよ。死んでから久しくカップ麺なんて食べてなかったからな~ いや~ 満足満足」 「ふ~ん、それで」  私は腕を組んでドヤ顔をした。 「……そうだな、さっき言ってた呼び名で問題ないと認めるよ」  私の勝ちだ。 「分ってもらえたのなら何も言う事はないわね。それでもうお腹は膨れたのかしら」 「そうだな、元々俺は小食だからな、これで満足だよ」 「そお、それなら早く帰ってちょうだい」 「ああ、それな、そろそろ牛が迎えに来る頃だから来たら帰るよ」 「そうしてもらえるのなら幸いだわ。それで1分後、2分後、それとも3分後」 「せっかちな奴だな、そんなに早く来るはずないだろ」 「性分なのよ、仕方ないでしょ」 「……なあ、帰る前にちょっとだけお願いがあるのだけど」  彼が急にキリッ! とした顔で私の方を見た。 「どうしたの、何か未練でもあるのかしら? カップ麺ならもう無いわよ」 「あのな、君は口寄せと言う職業なのだろ」 「そうね、見習いですけどね」 「それじゃキスしてくれよ」  何だか意味不明な事を言いわれた。 「何故にあなたにキスをしなきゃいけないのよ」 「何故って、口を寄せるのが仕事なんだろ? それってキスの事じゃないのか?」 「ハァ~っ、全然違うわよ!」 「違うのか!」  物凄い勘違いだけど少し赤くなっている顔が何だかカワイイ。 「もう、本当に困った(ひと)ね。でもまあせっかく来たのだしキスくらいならしてあげるわよ、おでこで良い?」 「ん~ 唇の端にしてくれ」 「……まあいいわ、いくわよ」  私は顔を近づけて彼の右唇の端にキスをした。 「どお、満足したかしら?」 「ん~ トンコツラーメンの臭いがした」 「──早く帰って」    おわり                            
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