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そんな私の前で、神尾凛は黙ったまま立っていた。
暫く何とも気まずい空気が流れる中、互いに睨みあっていると、彼女はフッと笑うと、何か吹っ切れた様子で今度は笑い始めた。
「あはは、あはは…、あなた随分あの人に惚れてるのね。可愛いらしいことね」
「馬鹿にしないで下さい」
「ううん、ただ貴方が思うほどあの人はひ弱くはないわよ」
「どうしてですか?」
「目的のためなら手段を選ばない、私も彼もそういう世界でしか生きられないのよ。確かに、息子を守りたい、そういう親心は彼にはあるのかも知れない。ご忠告どうもありがとう」
感じの悪い人だった…
こんな人だったなんて
ドラマやCMで見るあの美しい神尾凛が、こんなチンケな悪女だなんて
なんか信じられない
ううん、信じたくない
本当に彼女は神尾凛なんだろうか?
確かに容姿や背格好は本人だけど、私が知らないだけで、憧れていたような人じゃなかっただけなんだろうか?
なんかガッカリだ。
私がそう思いながら、もう立ち去ろうと彼女に背を向けると、背後から声をかけられた。
「最後に私からも一つだけいいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「あなた本当にスタイルが良いわね、今度ある海外ブランドがモードファッションの新ブランドを展開するらしくて、その発表にあたってショーをやりたいらしいのよ。私そのデザイナーにあなた推薦しておいてあげる。彼を奪う代わりといえば、申し訳ないけれど、あなたにとって悪い話じゃないと思うわ」
「いえ、私はモデルを続ける気はあまり…」
「どうして?そんないいもの持ってるのに?私背丈160ない分、モデルじゃ知名度上げられなくて、演技も勉強して、歌も歌って、他にも色々苦労もしたのよ。本当は海外ブランドからオファー貰いたかったけど、見向きもされなくて、やっと、最近実力でお声掛けて貰うようになった程度。でも、あなたのそのスタイルなら、いくらでもデザイナーが喜ぶわよ」
私はそうして詰め寄ってきた神尾凛が、少し悔しそうに自分を見上げるの目尻に涙を輝かせているのを目にしてしまった。
そうか…
彼女は今の地位にのしあがるために、きっと色んなものを捨てて来たんだ。だから、今更周囲の意見に振り回されるような、そんなことで折れるような人じゃないんだ。
彼女の美しさは、鍛練された心の強さで練り上げられているんだ。
私は何も言い返す勇気もなくて、頭だけ軽く下げると、その場を離れた。
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