プロポーズ

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彼は少し間を置いてから、小さく咳払いすると、最初に持って来た資料を差し出して来た。そして、先程のような苛立ちや焦りを感じさせない落ち着いた口調で話始めた。 「僕がこんな結婚を提案した大きな理由は、約3ヶ月後に開催される、あるパーティーへの同伴です」 「パーティーへの同伴者?」 「はい。今度新たに開発されるパワーレジデンスにうちも是非出店してみないかとお話を頂きました。その際にこれまで大きく関わることのなかった不動産業や建設業と言った方々との交友を深めることになったのですが、先月あるパーティーの招待状をいただきまして、参加するための同伴者として相手を探すことに致しました」 彼はそう言うと、都市開発の企画書のようなものと、ゴージャスな金色の刺繍のような繊細なレース模様が入った招待状が入っているらしい封筒を私に見せた。 「経営者になる以前から、度々パーティーに呼ばれることはありましたが、この規模のパーティーに呼ばれるのは、初めてのことです」 私はあまりに唐突な話に、頭が追いつかずにいたが、大規模なパーティーの同伴者として、私を候補にしたいと言うのは理解出来た。 「そのパーティーで、私は妻を演じればいいんですか?」 「はい、厳密には婚約者として紹介出来ればと思います。流石に妻と紹介するのは、まだハードルが高いので、婚約状態に留めておけば、後に別れたとしてもそれほど怪しまれはしないでしょうから」 彼はそう言うと、何とも言えない寂しそうな表情をして見せた。 髪型がオールバックで、陶磁器さながらの色の白さを見ると、蝋人形とでも喋っているのかと錯覚してしまう。だが、ああいう表情を見せられると、少しだけ親近感が湧いてしまった。 恋やトキメキとはまた違う、同情心と言うか…母性というか、彼を受け入れてしまいそうな自分がいた。
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