仮面

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「そろそろスマホ返して貰える?」 「は、はい。すみません」 私は千瑛さんに持っていたスマホを返すと、運ばれて来たシトラスティーにストローを挿した。 くるくるかき混ぜてみると、スッキリとしたシトラスの香りが鼻をくすぐった。 私は香りを目一杯吸い込んだ後、ストローに口をつけた。 シトラスのスッキリした爽やかな味わいとアイスティーの冷たさが一気に暑さを忘れさせてくれた。 「これ、美味しいですね」 千瑛さんは私の満足気な表情を見るとフフッと呆れたように笑った。 「あなた知らなさそうね」 「何がですか?」 「神尾凛は浅井さんの元彼女だってこと」 私は、一瞬で頭の中が真っ白になった。 「えーっっ?!」 周囲からの白い目が一瞬で自分に注がれた。 「しっ、声が大きいわよ」 「すみません」 「ショックなの?」 「いや、そんな…それは浅井さんも、もういい歳だし恋愛はそれなりに楽しまれたんだろうとは思うけど、なんかやっぱり同じ世界に生きてるとは思えないというか…」 飲んだシトラスティーが喉元を過ぎて爽やかさを失っていくのに呼応するように、自分のテンションも下がっていった。 「ちょっと気になってたんだけど、あなたは浅井さんと付き合ってるの?」 私は改めて千瑛さんにそう問われて固まってしまった。 そして、あの日 浅井さんとキスしてしまったことを思いだしていた。 思い出すと、恥ずかしくてたまらなかった。だから、顔が熱って赤面してしまうのを隠すために俯いた。 「ねえ、大丈夫?」 「は、はい」 私は俯いたまま返事した。 何て返せばいいんだろう… その後は、私はせっかく注文したシトラスティーの味も千瑛さんとの会話も殆ど上の空だった。
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