仮面

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巨峰の合間にフォークの先を入れ一口サイズにしてから、口に運ぶ。 私は浅井さんが丁寧にタルトを切り分けて食べるのをじっと見ていた。 「うん、美味しい、これは美味しいね」 「そうですか?良かった」 「あ、あなたも食べますか?」 浅井さんはそう言うと、一欠片フォークに乗せて私の方へと差し出して来た。 私は一瞬呆然としたが、彼は私のゆるく開いた口元にフォークを押し当ててきた。 「はい、あーん」 浅井さんはすごく楽しそうな笑顔だった。いい大人がこんなことするのは恥ずかしいと思いつつも、されるがままにそれを口にした。 甘くてジューシーな巨峰の味と爽やかなクリームが口の中いっぱいに広がった。 「おいひいです」 私がそう感想を口にすると浅井さんも嬉しそうに笑った。 前回レストランで食事した時よりも、彼の自然体な一面が見られるようで、私も嬉しかった。 そうしてケーキと紅茶を堪能した後、私達はしばらくぼんやりと秋の風を感じながら日に当たっていた。 デートすると、ついつい会話や何を話すか考えてしまう。けれど、彼がたまに笑かけてくれたり、なんとなく手を繋いでみたりする、そんな時間が愛しくて、私はあのことを聞き出せずにいた。
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