仮面

16/25
前へ
/289ページ
次へ
気まずい空気が流れる中、それでも返事出来ずにいると浅井さんが小さく溜め息をついた。 「自分勝手に感じるかもしれませんが、あなたと進展を望むことを考えると、碧音にどう説明しようかって、まずそれを考えちゃうんですよね」 それは父親なら当たり前の感情なんだと思う。 「俺今までプライベートと仕事分けて来たので、その息子と一緒に暮らしたり、若菜さんが家に来たりって緊張するというか…」 浅井さんは自分なりの言葉で、私に今の精一杯の思いを伝えようとしてくれていた。 それに、名前を呼んで貰えるのが地味に嬉しいというか、恋人と認識してくれているのがしっかり感じられた。 「若菜さんって、いいですね」 「あ、名前つい呼んでしまいました」 浅井さんは、私にそう言われると、目を丸くして反射的に謝ってきた。 「全然、いいんです。私はうれしいです。呼んで下さい」 「じゃあ、俺も名前呼んで欲しいです」 少しだけ不貞腐れたような表情をすると、浅井さんは名前を呼ぶよう催促してきた。 「な、名前ですか?」 「はい」 浅井さんは私を試すかのようにちょっと意地悪そうな視線を投げかけると、こう聞いてきた。 「名前、覚えてますか?」 「勿論」 いつになく、甘い雰囲気を漂わせた浅井さんは椅子から身を乗り出すと、そっと私の横髪を撫でて耳元に掛けた。 「若菜…」 再び名前を呼ばれて、釣られて私も彼の名前を口にした。 「宏光さ…」
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2038人が本棚に入れています
本棚に追加