仮面

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「浅井さん」 「はい?」 ちょっと寝ぼけたような気の抜けた表情で此方に向いた浅井さんに私はきっぱり告げた。 「神尾凛ってご存知ですよね?」 「えぇ」 濁したような返事だったが、すぐに浅井さんは答えてくれた。 私は彼の表情を確認する余裕がなくて、正面にある窓の向こう側に視線を向けたまま、静かな口調で尋ねた。 「付き合ってたんですよね」 横から、小さな溜め息が聞こえた。 それから、浅井さんは天井を仰ぐとちょっと面倒臭そうに眉を顰めた。 「ちょっと様子おかしいなって思ってたんです。もしかして千瑛さんですか?」 「はい」 「俺考えたんですけど、あなたと俺の間には深い溝があるように思うんですよね」 私は何も返せなかった。 「どうしたら、これ埋められますかね」 浅井さんの声も表情もまるで仮面のように生気がなかった。 私はどうしたらいいのか見当もつかず、呆然としていると、彼は最後のお皿を洗い素早く水を切ってカゴに伏せた。 私がそれを拭くために取ろうとすると、浅井さんがその右手をぎゅっと掴んできた。 それから、自分の胸に抱き寄せると、ぎゅっときつく私を抱きしめた。 耳元には好きですと囁く甘い声が響いていた。 私はじんわりと涙腺が熱くなるのを感じながら、浅井さんを見つめ返した。 彼はそんな私の腕を引っ張るとリビングの向こう側にある自室へと向かった。
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