2038人が本棚に入れています
本棚に追加
浅井さんは、私が抵抗する気力もなくなって、受け入れてしまっていたのをつまらなく思ったのだろうか?
覆い被さるようにしていた上体を起こすと、悩ましい顔つきでこう言った。
「今日、もし抱けなかったら、このまますれ違ってしまう気がするんです」
「はい」
「若菜…」
切実そうに私の髪を撫でた浅井さんは、いつもより遥かに憔悴しきっているようにも見えて、不安が更に増した。
「もし、あなたと俺の未来が前途多難でもこれだけは忘れないで下さい」
「何ですか?」
「俺にとってあなたが特別な人だということは変わりません。でも、不安になるようなことがあったら、思い出して欲しい」
浅井さんはそう言うと、私の右手をキュッと握り締めて耳元に顔を近づけた。
「もし、あなたが一緒に人生を、と考えて下さるなら、俺は浅井と縁を切ろうと思ってます」
私は驚きのあまり、浅井さんの顔をじっと睨みつけた。
「浅井は俺に縁談話を持ち掛けてきてまして、いずれ公表されるでしょうから、先にお話しておいた方がいいかと思って…」
浅井ホールディングス
私は、何も分かっていなかったのかも知れない
彼が生きている世界について
浅井さんが話す内容の殆どが耳には入ってこなかった。
でも、その縁談相手の名前だけははっきりと耳に残った。
神尾凛ーーーー
最初のコメントを投稿しよう!