仮面

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その名を聞いた瞬間、敗北感や劣等感なんてものはとおにすぎてしまい、脱力感に襲われた。 浅井さんのことちょっと付き合うくらいで理解出来たり、支えたり出来るなんて烏滸がましいことは思っていない。 ただ、彼にとって妻や息子の存在以上に浅井の家は大きいのだろうと実感した。 私には『浅井』という企業が日本経済において重鎮という認識はあっても、それはCMや新幹線の電子掲示板に流れる企業名に過ぎないくらいのありふれたもので、その内側にいる人間の抱える重圧なんて想像したこともなかった。 でも、千瑛さんや佑月さん、浅井さんに息子さんまで、浅井の名や遺伝子を受け継ぐものは、みんなその重圧の中で、成功者として名をあげるためにもがいているのかも知れない。 抱きしめられる感覚と、繰り返される愛撫やキスに私は相変わらず薄い反応で返していた。 でも、とうとう彼も我慢の限界にきたのか、不満を口にした。 「なんか人形抱いてるみたいだな」 私は流石に我に返り、彼に軽く抱きついてみたけど、彼はそれを振り払った。すると、今まで見たことないくらい冷たい表情で私を見下ろしこう言った。 「物足りないみたいですね」 私は首を振って反対したけど、彼は意地悪そうな笑みを浮かべると、立ち上がりクローゼットへと向かった。 出て来たとき、手に何か隠し持っていた気がした。 そして、帰って来ると私にアイマスクを被せた。 「浅井さん、な、何する気ですか?」 急に視界を閉ざされ怖くなった私は、浅井さんに手を伸ばした。すると、浅井さんは私の右手首を掴み手に何かを握らせた。
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