仮面

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私は服を着替えると、部屋を出た。 部屋はしんと静まり返っていた。 あれ?浅井さんはどこに行ったんだろう? 私はリビングを一通り見回した後、玄関の方へと向かった。玄関を入ってすぐ洋室があった。 そこは扉が開かれていて、今は使われてないようだった。いくつかの段ボールと資料らしきものが積まれていた。 「浅井さーん?」 名前を呼びかけながら、今度は洗面所の方へ向かうと中から水が流れる音が聞こえてきた。 私はガラッと戸を開けると、洗面台の前に彼は居た。 蛇口から水は流れっぱなしで、鏡を呆然と見つめる彼に私は声を掛けた。 「何してるんですか?」 「・・・」 「水勿体無いですよ」 私は水を止めるためにカランの根元にあるレバーを押し上げた。それから、視線を鏡の奥へと遣った。 浅井さんはどこを見てるのかわからないような遠い目をしていた。なんて声を掛けよう?と思っていると、鏡の中で彼の口が小さく動いた。 「もう、帰られてしまわれたかと」 私は振り向きリアルの彼を見上げた。 すると、急に切なくなるような笑顔で彼はこう言った。 「良かった。ほんと、良かった」 自分に言い聞かせるようにそう言った浅井さんは、さっきより少しだけ顔色が良くなったように感じられた。 私は今度は自分から浅井さんに抱きついた。 「逃げませんよ、これくらいで。向こう行きましょうか?」 抱きしめた浅井さんの身体は思ってたよりしっかりはしていた。でも、見上げた先の表情からは若干まだ、怯えたような気配を感じた。 恋はまだ始まったばかり すれ違ってしまう怖さはお互いに抱えているんだろう。 そう思いながら、気付くと交わしていたキスは今までで一番安心した。
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